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悠太が厨房に戻ると、気まずい沈黙が流れた。
仕方なく咲は、花音と文乃のほうに意識を向ける。何やら楽しそうに会話を交わす二人が目の端に映った。距離があるので、会話の内容までは聞こえてこないが、すごく楽しそうに見える。
「あの二人、気になるのか?」
凛太郎が意地悪な表情をして尋ねる。
「別にそんなことはありません」
咲はツーンとそっぽを向いてみせた。
「そう言うわりには、さっきからチラチラ向こうを見ているからさ」とニヤニヤと笑った。
──それはあなたといると気まずくて、正面を向いていられないからです。
咲は心の中でぼやく。
「──そういえば、さっき文乃さんが花音さんのこと『武雄くん』って呼んでいましたけど」
ふと思い出し、凛太郎を見つめた。
「もしかして、『武雄』って花音さんのことなんですか?」
エレベーターで凛太郎は『武雄』という名前を口にしていた。つまり凛太郎は武雄の正体を知っているはずだ。
「え?」
凛太郎はキョトンとして咲を見つめた。そういう表情をすると、意外と幼く見える。
「……まだ、教えてなかったのかよ」と凛太郎が呆れたように頭を掻いた。
まったく、しょうがねーな、と咲を見返した。
「あいつの本名は『鬼柳武雄』っていうの」
「え? 鬼柳武雄?」
──なんで、鬼柳武雄?
咲はパチパチと目を瞬かせた。凛太郎の言葉がにわかには信じられない。
意地の悪い凛太郎のことだ。もしかしたら、自分を騙そうとしているのかもしれない、とジト目で彼を見る。
それを感じ取った凛太郎が面倒くさそうにため息をついた。
「あんた、鬼柳武雄って聞いて、花を生ける人とは思わないだろ?」
まぁ、たしかに。
咲はコクリとうなずいた。
お花というよりは、武道に長けてそうな名前だもの。
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