元カノ

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「だからだよ」 「へ?」 「鬼柳武雄じゃあ、集客もままならないだろ。だから、先代の祖母(ばあ)さんの名前を借りて、雅号にしてるの」 「え、それじゃ、『華村花音』ってお祖母さまの名前なんですか?」  そう、と凛太郎は不機嫌な顔でうなずいた。 「えーと、ちなみに『雅号』って?」  咲の質問に、凛太郎はそんなことも知らないのか、という顔をする。 「雅号は、花を生けるときの芸名みたいなもん」 「芸名……」 「大体は、師匠に命名してもらったり、師匠から一文字とったりするんだけど。……あいつの場合は、祖母さんの名前を丸々使ったの」  祖母の名前をそのまま拝借したところを考えると、花音にとって祖母の存在は相当大きなものなのだろう。  咲はチラリと花音を見つめた。途端に目が合い、慌てて視線を背ける。  その目の端に、花音が席を立ち上がるのが映った。 「ねぇ、咲ちゃん」とこちらに近づきながら、話しかける。 「咲ちゃん、今日って暇だったよね」 「え? いえ、これから周辺を散策しようと……」 「そうだよね。だったら、問題ないね」  咲が言いかけたのを遮り、花音は勝手に結論づけて、うなずく。 「じゃあ、悪いけど、今日は僕に付き合って」 「え?」  ──『悪いけど』っていうわりには、全然悪びれてないし、決定事項になってますよね。  咲は唖然として花音を見つめた。 「今、別件の用事を済ませてくるから。ちょっと待ってて」 「あ、いえ……」  咲の返事を聞くことなく、花音は話を進め、文乃の元へ戻っていく。それから文乃と共に店の外へと出ていった。  咲はその背中に手を伸ばし、パクパクと口を動かした。それに凛太郎がニヤニヤと顔を歪める。 「なんですか」  咲は八つ当たり気味に凛太郎を睨んだのだった。
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