25人が本棚に入れています
本棚に追加
「あっ」
田邊咲は、三階からエレベーターに乗り込んだその男の顔に、小さく声を上げた。
「また、あんたか……」
咲に気づいた男は気怠そうに頭を掻き、操作盤の『閉』のボタンを押した。と同時に、ゆっくりドアが閉じていき、咲は恨めしくそれを見つめる。
動き出したエレベーターで、男は壁にもたれかかり、ギロリと咲を睨みつけた。
──もう、最悪。
咲は身を縮こませ、心の中でぼやいた。
男の名は瀧川凛太郎。ここ華村ビル三階の住人である。
彼に会うのは二度目だった。
一度目は入居手続きでここを訪れた日。奇しくも今と同じようにエレベーターで出会したのだが、印象は最悪で、咲は彼に苦手意識を覚えた。
年齢はおそらく二〇代後半。無駄に背が高く、少し長い前髪から覗く鋭い目つきが、まるで獲物を狙うハンターのようで、威圧感が半端ない。
「……結局、入居したのか」
凛太郎は独り言めいた言葉を咲に投げかけた。
「せっかく忠告してやったのに」
「忠告?」と咲は眉をひそめる。
──彼の言う忠告とは、一体なにを指しているのだろう?
咲が覚えているのは『貧乳』という悪口だけだ。
険しい顔をした咲に、凛太郎はやれやれというように首を振った。
「言っただろう。武雄は貧乳に興味がないって」
──また『貧乳』って言った。
咲は眉間の皺をますます深くする。それを凛太郎は愉快そうに見つめ、ククッと声を押し殺して笑った。
最初のコメントを投稿しよう!