プロローグ

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「あっ」  田邊(たなべ)(さき)は、三階からエレベーターに乗り込んだその男の顔に、小さく声を上げた。 「また、あんたか……」  咲に気づいた男は気怠そうに頭を掻き、操作盤の『閉』のボタンを押した。と同時に、ゆっくりドアが閉じていき、咲は恨めしくそれを見つめる。  動き出したエレベーターで、男は壁にもたれかかり、ギロリと咲を睨みつけた。  ──もう、最悪。  咲は身を縮こませ、心の中でぼやいた。  男の名は瀧川(たきがわ)凛太郎(りんたろう)。ここ華村(はなむら)ビル三階の住人である。  彼に会うのは二度目だった。  一度目は入居手続きでここを訪れた日。奇しくも今と同じようにエレベーターで出会(でくわ)したのだが、印象は最悪で、咲は彼に苦手意識を覚えた。  年齢はおそらく二〇代後半。無駄に背が高く、少し長い前髪から覗く鋭い目つきが、まるで獲物を狙うハンターのようで、威圧感が半端ない。 「……結局、入居したのか」  凛太郎は独り言めいた言葉を咲に投げかけた。 「せっかく忠告してやったのに」 「忠告?」と咲は眉をひそめる。  ──彼の言う忠告とは、一体なにを指しているのだろう?  咲が覚えているのは『貧乳』という悪口だけだ。  険しい顔をした咲に、凛太郎はやれやれというように首を振った。 「言っただろう。武雄は貧乳に興味がないって」  ──また『貧乳』って言った。  咲は眉間の皺をますます深くする。それを凛太郎は愉快そうに見つめ、ククッと声を押し殺して笑った。
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