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「ありがとう」
突然、花音が謝辞を述べたので、咲はキョトンと彼を見つめた。
「……何のことですか?」
「ううん……」と花音は言い淀み、「今日はいろいろ付き合ってもらったから、助かっちゃった」と笑った。
「遅くなったけど、約束通りこの辺りの案内をさせて。……どこか行きたいところはある?」
花音の言葉に、そうですね、と咲は考えを巡らす。
「……この辺りに、桜の名所ってありますか?」
「桜の名所?」
「テレビで天気予報のお姉さんが言ってたんです。『来週には桜の開花宣言が聞けそうですね』って。だから、咲く場所を知っておきたくて」
そうなんだ、と花音は少し思案し、「この辺りだったら、日向川沿いの遊歩道かな」と答えた。
「遊歩道ですか?」
「うん。日向川に沿って桜並木が百メートルくらい続くの。結構、圧巻なんだよね」と感慨深げに言う。
「素敵ですね」
咲はその光景を想像し、胸を躍らせた。
「だけど、まだ咲いていないと思うよ。川沿いってこともあって、毎年、開花予報より遅く咲くんだ」
そんな咲の期待を懸念した花音が釘を刺す。
「でも、せっかくだから行ってみたいです」
咲はキッパリと告げる。それに花音がフフッと笑い声を漏らした。
「私、可笑しなこと言いました?」
不思議に思い尋ねる。ううん、と花音は首を振った。
「ただ、咲ちゃんも成長したな、って嬉しくて」
「成長?」
咲はパチクリと目を見開き、花音を見つめた。
──一体、何のことを言っているのだろう?
「自分の意見をハッキリ言えるようになったなって」
まるで子供の成長を喜ぶ親戚のおじさんのように嬉しそうに言う。
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