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風は冷たいが、傾きかけた日の光が優しく背中を温める。心地よい時間に、二人は夢中になって、桜の樹を観察した。
どれくらいそうしていたのだろう。日差しが弱まり、肌寒さが増したころ、「あった」と花音が嬉しそうに声を上げた。
「えっ、どこですか?」
その声に花音へと目を向ける。彼は桜の樹の根元を見つめていた。咲は近づき、その目線を辿る。
ボッコリと地面から盛り上がった根の分かれ目に、一輪の可憐な花びらが綻んでいた。
「本当だぁ」
つい興奮して、咲は大きな声を上げてしまう。慌てて口を抑え、キョロキョロと辺りを見渡したが、幸い、人気は見当たらなかった。
花音がクスクスと笑う。
「……すみません。つい初桜に興奮してしまって」と咲は赤面した。
でも、とその桜を見つめ、しゃがみ込む。
「桜って、たくさん咲いていると綺麗ですけど、一輪だけだと可愛いらしく感じますね」と花音を見上げた。
「──その観点はなかった」
花音が意外そうに眉を上げた。
「たしかに、そうだね。……まるで、咲ちゃんみたい」と冗談めかす。
「もう、揶揄わないでください」
咲はますます赤面し、頬を膨らました。
「ほら、可愛い」と花音は声を上げて笑った。その笑いを滲ませたまま、花音もその場にしゃがみ込む。それから、ゆっくりと桜の花へと手を伸ばした。
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