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「で、この歌はね、宿屋の主人が紀貫之に、『あなたは心変わりしたのか、なかなか宿を訪れなくなりましたね』って言ったのに対して、『あなただってどうだったんですか? ずっと私のことを待っていたわけではないでしょう? 人の心はわからないけれど、昔馴染みのこの里では、花だけが昔と変わらない良い香りを漂わせていますね』って返したものなんだ」
「なんか狸の化かし合いみたいな会話ですね」と咲は呆れた。
そうだね、と花音はうなずき、「だから僕は咲ちゃんみたいな捉え方のほうが好きなんだ」と曰う。
「そのほうが郷愁が感じられていいじゃない?」
そう言って、花音は咲の顔を覗き込んだ。その瞳にはさっきまでの寂しさはない。代わりに、晴れ晴れとした笑顔があった。
花音は、うーんと伸びを一つし、立ち上がる。咲もそれに合わせて立ち上がった。
そうだ、とふと思いついたように花音が咲を見た。
「咲ちゃん、お花見しようか?」
「お花見?」
「うん、今日の夜七時、アトリエで」
「今日、ですか?」
咲は首を傾げた。
「まだ桜は咲いてないのでは……」と不審がる咲に、花音は「大丈夫」と自信満々に微笑んだ。
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