人はいさ……

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*  咲は、午後七時きっかりに『アトリエ花音』を訪れた。インターホンを押すと、すぐに花音がドアから顔を覗かせる。 「こんばんは、咲ちゃん」  柔らかな笑顔を浮かべて、花音はドアを押し開けた。  こんばんは、と咲も挨拶を返す。そんな咲を「さぁ、入って」と花音は招いた。 「え? 中ですか?」  てっきりお花見に出かけるものだと思って、トレンチコートを着てきた咲は、パチクリと目を見開いた。  うん、ここで、と花音は当たり前のようにうなずく。 「でも……」と花音を見上げた。  いくら無害な花音さんとは言え、夜に二人っきりというのは、あまり宜しくないのでは。 「いいから、おいでよ」  花音は半ば強引に咲の手を取ると、アンティーク扉へと向かって歩く。咲は引きずられる形で、花音の後ろに付き従った。  花音の手の温もりに鼓動が高鳴る。それが花音にバレてしまわないかと、さらに鼓動が早まる。完全な悪循環だ。  そんな咲の気持ちをよそに、花音は扉の前で立ち止り、振り返って、ニコリと笑った。 「ここが、お花見会場」とアンティーク扉を指し示した。  それから、咲の手を繋いでいないほうの手で、ドアノブを押し下げる。  勢いよく開かれた扉の向こうには、明かりの消えた部屋。  その部屋の中央に据えられたオーバルのテーブルの上にスポットライトが配され、大型の壺が浮かび上がる。壺には、満開の桜の枝が生けられていた。  まるで、桜の樹がそこに生えているかのような趣きある光景である。
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