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華村ビルはわりと新しめのマンションが立ち並ぶ住宅街の一角にある。
東側には海があり、反対の西側に五分も歩けば商店街や病院など一通りの生活環境は整っている。
「寒っ」
三月初旬とはいえ、建物の間を吹き抜けてくる海風は冷たい。
『来週には桜の開花宣言が聞けそうですね』
そうテレビで天気予報のお姉さんが曰っていたが、今日の気温では、そんな春らしさはまるっきり感じられない。
咲はトレンチコートの襟元をギュッと握りしめた。
その目先に。
歩道にしゃがみこむ人影を見つけた。咲より年上の髪の長い女性である。たぶん、三〇代前半くらいだろうか。
「大丈夫ですか?」
咲は女性の元に駆け寄り、声をかけた。女性は血の気のない真っ青な顔をしている。
なのに、顔を上げると、「大丈夫です。少し貧血を起こしただけですから」と笑顔を作り答えた。
「でも……」と咲は女性の様子をうかがった。
道端にしゃがみ込んでいるのだから、大丈夫なわけがない。
ふと、トートバックにマタニティマークのキーホルダを見つけた。
「あの、もしかして、妊娠されているのでは……」
咲の問いかけに女性は一瞬ためらい、それから、ええ、とうなずいた。
それなら、と咲は女性と同じようにしゃがみ込み、目線を合わせた。
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