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華村ビルの外観は相変わらず廃れていた。ただその一階にある『喫茶カノン』のドアだけは比較的新しい。
オレンジ色の木のドアを開けると、チリンと可愛いらしいベルの音が鳴った。
「すみません」と咲は入り口から声をかける。
「はーい」と店の主である悠太が呑気な声で応じ、厨房から顔を覗かせた。
「あ、こんにちは、咲さん」
咲の顔を認めた悠太が人懐っこい笑みを浮かべる。それから、咲と一緒にいる女性に気づいて「そちらの方は?」と首を傾げた。
「あの、すぐそこの道で貧血を起こしていて。少し休ませてもらえませんか?」
「それは大変ですね」
悠太は気遣わしげな表情を浮かべ、どうぞどうぞ、と入口から入って右側の四人掛けの席を勧めた。壁側がソファ席になっているので、横になるには丁度いい。
椅子とテーブルを退かし、人が通れるスペースを作った悠太は、咲の代わりに女性に肩を貸し、ソファへと座らせた。
それから「どうぞ横になってください」と女性にブランケットを手渡す。
いつもはなんとなく頼りない悠太だが、いざというときは手際がよく、頼もしい。
「ありがとうございます」
女性はペコリとお辞儀をし、ソファへと横たわった。顔色はまだ青ざめていて、少し身体が震えていた。
「お身体冷えたでしょ。今、温かい飲み物を淹れてきますね」と悠太は小走りで厨房に戻る。
「悠太さん」
咲はそのあとを追いかけ、厨房に入りかけた悠太に、「彼女、妊娠されているので、飲み物はカフェインレスのものでお願いします」と耳打ちをした。
わかりました、と悠太は小さくうなずき、厨房へと入っていった。
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