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「……暇だな」
ふいに背中から嘲るような声が聞こえ、振り返る。咲の真後ろの席に座る男が、刺すような視線でこちらを見据えていた。
先ほどエレベーターで遭遇した瀧川凛太郎である。
「どういう意味ですか?」
咲は眉をひそめた。
「別に。見知らぬ人間の世話を焼いてる暇があって羨ましいな、と思っただけだ」
嫌味ったらしい言葉を吐く。それがさっきからの言動と合わさって、咲の堪忍袋の緒を切らした。
なにを言ってるんですか、と咲にしては珍しく語気を荒げ、凛太郎のテーブルに詰め寄る。
「人助けは暇だからするんじゃありません。困っている人がいるから助けるんです」と凛太郎を睨みつけた。
「大体、顔を見れば嫌味しか言わない凛太郎さんのほうがよっぽど暇ですよ。悪口を言う暇があって羨ましい」
咲の剣幕に、凛太郎は苦虫を噛み潰したような顔で黙りこくった。
──勝った。
今まで言われっぱなしだったけど、ようやく言い返すことができた。咲は心の中でガッツポーズを決めたのだった。
「ずいぶん賑やかだなと思ったら、咲ちゃんだったの」
フフッと穏やかな笑い声とともに、厨房の奥から花音がひょっこりと姿を現した。
「花音さん……」
突然の登場に、咲は驚いて花音を見つめた。
「こんにちは、咲ちゃん」と花音はニコリと微笑む。
こんにちは、と咲は頭を下げた。
「……居たんですか?」
変なところを見られてしまった、とバツが悪くなり咲は上目遣いで花音の様子をうかがった。
「うん。奥のほうで、お花の後片付けをしていたの」
そう言って厨房の奥を振り返る。厨房の奥は悠太の居室スペースである。まさか花音がいるとは思わなかった。
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