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第十一話 ポプリ画伯
「あっ、お帰りなさーい」
用事を済ませた土筆とコルレットが食堂兼休憩室へと戻ると、尻尾の先まで艶々になって充実した表情で寛いでいるメルと、魂が抜けたような表情で固まっているポプリの姿があった。
「おっといけないっす。忘れる前にツクっちの土地に結界を張って来るっすねー」
コルレットの気配を感じて我に戻ったポプリが憎悪に満ちた眼差しで睨んでいる事に気付いたのか、コルレットはこの場から逃げるように宿舎の外へ出て行くのだった。
「監視対象を確認してくるわ」
コルレットが宿舎から出て行くのを睨み続けていたポプリも、土筆が声を掛けようとする前に立ち上がると中庭の方へ消えて行くのだった……
「そう言えば、今日はどうすんのかな?」
コルレットとポプリが居なくなった後、流し台で朝食に使った食器を洗っていた土筆に対し、メルが皿の上に残っていたパンを頬張りながら尋ねる。
「ん? そうだな……引き続き宿舎の片付けと昨日行けなかった買い出し……後は、昨日の仕事の報告でギルドかな?」
土筆は最後の食器を洗い終えると、飲み物の用意に取り掛かる。
「土筆君は今日も働き者だねー」
メルはテーブルの上に上半身を乗せて尻尾を揺らしながら、ふにゃふにゃな姿勢で他人事のように言う。
「何言ってるんだよ? 宿舎の片付けはメルの仕事だぞ」
土筆の言葉に獣耳を傾けて反応したメルは、口を尖らせながら反論する。
「えーっ、メルさん昨日頑張ったんだけどなー」
「どの辺を?」
「どの辺だろー?」
メルは言っていて楽しくなったのか、ケタケタと笑っている。
「……」
土筆が確認した限り、昨日ミアからの呼び出しに応じて土筆が出た時から、宿舎の片付けは全く進んでいない。
メルの性格を考えれば、おやつを食べた後のお昼寝が爆睡へと繋がったのは想像に難くなく、土筆が帰宅した時にメルがテーブルで突っ伏して寝ていたのとも辻褄が合う。
「メルさんや。せめてベッドで寝たいと思わないのかい?」
土筆は出来上がった飲み物をメルの座っているテーブルまで運ぶと、自身はメルの向かい側の椅子に腰掛ける。
「おっ、ベッドでゴロゴロしたいねー」
「なら寝室の片付けをしないとね」
「ぶー」
メルはまた口を尖らせてぶう垂れたかと思うと、突然立ち上がり、閃いたと言わんばかりに手を打つ。
「あっ、ポプリちゃんの部屋も用意しないとねっ」
先程までとは打って変わってやる気になったメルは、メラメラとやるぞのポーズを取って見せるのだった。
「……そう言えば、ポプリってどんな感じで井戸の監視するんだろうか?」
土筆は燃え盛るメルを一人残して、ポプリが向かった井戸へと移動するのだった……
土筆が中庭に出ると、井戸の横で休んでいるポプリの姿が目に入った。
「よっ、井戸の確認は終わったか?」
土筆は片手で軽く挨拶をすると、ポプリに歩み寄って行く。
「問題ないわ」
ポプリは素っ気なく答えると空を見上げる。
「ん? 空に何かあるのか?」
「結界、張り終わったみたい」
土筆は空を見上げるが、特に変化があったようには見えなかった。
「わかんないや……」
「そう」
ポプリはやはり素っ気なく答えるのだった。
「…………」
土筆はポプリの近くに寝転ぶと、大の字になって空を見上げた。
ポプリはまるで土筆に興味が無いような振る舞いを続けている。
「井戸の結界の監視って、どうやるの?」
「今やってる最中よ」
どうやら土筆の問い掛けには答えてくれるらしい。
「今やってるって……もしかして、ずっと其処で井戸を監視する気なのか?」
「そうよ」
てっきりコルレットのような緩い感じで監視を行うと思っていた土筆は、ポプリの返答に驚きを隠せなかった。
「それって、この場所で監視しなければいけないのか?」
「特に決まりはないわ」
どうやら、このポプリと言う天使は良くも悪くも生真面目な性格のようである。
真面目過ぎるが故に融通が利かず、自身が持っている能力を十分に発揮する事が出来ないでいるのだ。
しかし、ちょっとした切っ掛けで一気に開花する可能性を秘めているのも事実。
幸運な事に、前世で会社勤めをしていた土筆にとって、この手のタイプの子との接し方は易々たる事だった。
「そっか……でも監視者って言うのは、井戸を見張るだけじゃない気もするけどな……」
「何が言いたいの?」
ポプリは土筆の言葉に怪訝そうな表情を浮かべる。
「だってそうだろ? ポプリに与えられた監視と言う任務は、井戸の中の結界を見守るだけじゃなくて、結界に害が及ぶのを未然に防ぐのが目的なんだろう?」
「……」
ポプリは黙り込んで考え始めると、僅かな時間で結論まで辿り着く。
「一理あるわね」
土筆が見守る中、ポプリは宿舎の屋根よりも高く浮かび上がると神力を解放し、宿舎の外にまでその影響力を広げる。
その後、解放した神力が範囲内に浸透するのを確認するとゆっくりと降下し、着地後に再び神力を発動させ動物の姿を模した数体の魔法生物を創造する。
「頼んだわよ」
ポプリが”意味ある言葉”で命令を下すと、創造された魔法生物達はそれぞれの役目を果たすために移動を開始するのだった。
「今のは造形魔法なのか?」
「そうよ」
魔力媒体を使わずに、複数の魔法生物を同時に生成するという離れ業を平然とやって退けるポプリの能力に、土筆が驚きを隠せなかったのは事実だが、それ以上に土筆が驚いたのは彼らの容姿だった。
「あれは天界に生息している生き物か何かなの?」
「違うわよ」
ポプリは乱れた髪を手櫛で整えながら答える。
「分かった! 神話とかに登場する伝説上の生き物だっ」
「違うわよ」
「……」
鳥や蝶やモグラなどの特徴を持ちつつも、斬新で独特なフォルムを有する動物達を見た土筆は、きっとそれぞれに深い意味があるのでは? と考えたのだが、どうやらポプリの個性……いや、画伯的な意味合いの結果であったらしい。
土筆は、これ以上の会話継続が”藪をつついて蛇を出す”結果になり兼ねないと判断し、この話題については終了する事にしたのだった……
「どう?」
ポプリは土筆が導こうとした結論と一致しているかどうかの答え合わせを求めた。
「予想以上で返す言葉もないよ」
ポプリは白旗を掲げた土筆に満足そうな顔をすると、少しだけ頬を赤らめるのだった。
「よしっ……これでポプリが井戸に張り付く必要もなくなっただろ?」
土筆はゆっくりと起き上がると、ズボンに付いた埃を叩きながらポプリに尋ねる。
「ええ、そうよ。何かあったら彼らが知らせてくれるわ」
「なら彼らが知らせてくれるまでの間、ポプリが待機できる場所が必要だな」
「……」
賢明なポプリは土筆の思惑に気付いたのか、言葉を詰まらせる。
土筆はこの期を逃すまいと、強引にポプリの手を取り移動を始めたのだった。
「ここなら中庭に直接出られるし、窓から宿舎の外も確認する事ができるんじゃないか?」
土筆はポプリの待機場所として、一番適切であろう北棟の二階にある部屋にポプリを案内した。
その部屋は北棟の一番西側にある角部屋で、中庭から階段を利用して直接入る事ができる。
更に、部屋の西側と北側には窓があり、外の様子を窺い見ることも可能だ。
「確か……モストン商会の主が料理長の家族が住んでたって言ってたなぁ」
少々不満そうな顔をしていたポプリは痛かったのか手首を擦りながらため息を吐くと、チラリと部屋を見渡す。
「強引ね……でも、ここの所有者命令には従うわ」
土筆にはポプリがこの部屋を気に入ったかどうかは分からないが、ポプリの表情を見る限り問題はなさそうである。
「掃除もまだしてなくて申し訳ないけど、好きにしてくれていいからね」
土筆はそう言い残すと、颯爽と部屋から退出して行くのだった。
「……」
ポプリは土筆の後ろ姿を見送った後、神力を発動し行動を開始するのだった……
「……やっぱ、ツクっちは面白いっすねー」
土筆とポプリの遣り取りを遠くから観察していたコルレットは、ポプリに欠けていた部分を容易く補ってしまう土筆の存在を改めて評価するのであった……
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