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第十三話 ギルドへの報告
土筆が食堂兼休憩室へ戻ると、身支度を終えたメルがうずうずしながら待っていた。
「あっ、来た来たー。女の子を待たせちゃ駄目なんだからねー」
メルは頭を掻きながらやって来る土筆の隣にポプリが居ない事に気付く。
「あれれー? ポプリちゃんは?」
「誘ったけど留守番してるってさ」
「そうなんだー。帰りにお土産買ってこないとねー」
「ああ…そうだな」
ポプリの事が少し気になった土筆だったが、やはり今は踏み込むべきではないと判断し口をつぐむのだった。
「それではレッツゴーッ」
メルの元気な掛け声と共に、土筆達は宿舎を出発するのだった……
宿舎を出た後、真っすぐ冒険者ギルドへ向かった二人は、ギルド一階の共用スペースで昼食を取ると、土筆はメルが別腹分と主張して注文した料理に舌鼓している間に昨日の報告を済ます事にしたのだった。
「あら、土筆さんこんにちは」
土筆が受付カウンターの職員に用件を伝えようとすると、たまたま通りかかったミアが声を掛ける。
「ミアさん、こんにちは」
土筆は振り返って挨拶を返すと、ミアに昨日の報告をしに来た事を告げる。
「その件でしたら、直接報告を受けるとの事ですので執務室までご案内致します。どうぞこちらへ……」
そう言うとミアはゾッホの執務室へと土筆を案内するのだった。
土筆がミアに連れられてゾッホの執務室に入ると、昨日と同じように窓際に置かれた執務机で仕事に追われているゾッホの姿があった。
「おっ、来たか」
ゾッホは土筆の気配に気付くと作業の手を止め、これまた昨日と同じように土筆をソファーに腰掛けるように促し、自身もローテーブルを挟んだ向かい側のソファーに腰を下ろす。
「既に同行したミアから報告書は受け取ってるんだが、お前からも報告を受けるのが決まりなもんでな……」
ゾッホはミアから受け取った報告書を片手に話を切り出した。
「色々と大変だったようだが、一先ず報告を聞かせて欲しい」
土筆はミアが用意してくれた紅茶を一口飲むと、昨日受けた依頼である橋の応急処置についての報告を行うのだった……
ゾッホはミアが提出した報告書の内容と、土筆が話す内容に食い違がないか確認しながら聞いていく。
「……お疲れさん。概ねミアから受け取っていた報告書通りだな。ガガモンズ家の方にはギルド協会を通して抗議をしておくから、それで納得してもらいたい」
ゾッホは報告書をローテーブルに置いて指で数回突っつくと、土筆に対して軽く頭を下げる。
「いえいえ、終わった事ですし、気にしないで下さい」
土筆は慌てて言葉を返すのだった。
確かにガガモンズ家の行いは許されるものではないのだが、結果的に放り出された獣人の親子が無事であったのと、依頼の方も卒なく終える事ができたので、今更気にしたところで意味がない。
「そうか、お前がそう言うならこの件についてはここまでだ」
ゾッホはそう言うと立ち上がり、執務机の方へ戻っていく。
何となくゾッホの後姿を見ていた土筆は、確認しようと思っていた事を思い出し声を上げる。
「……あっ、そうだ。昨日の事で一つ聞いてもいいですか?」
「ん? なんだ?」
土筆の声に反応して振り向いたゾッホに向かって、土筆は思い出すことが出来ないでいる、濁流に飲み込まれてから目を覚ますまでの経緯を尋ねるのだった。
「その話なら私が説明します」
ソファーの横で控えていたミアが一歩前に出ると、土筆の記憶が抜け落ちている時間に何があったのかを話し始める……
ミアの話では、土筆達が突然押し寄せた濁流に飲み込まれた直後、現場は目の前で起こった悲劇に騒然としていたらしい。
暫く経っても土筆達が浮かび上がってこなかった事もあり、誰もが最悪の事態を思い浮かべたまさにその時、目映い光と共にシャボン玉のような気泡に包まれた土筆達が水中から浮かび上がり、岸辺まで運ばれて行ったのである。
ギルド職員達が土筆達に駆け寄り安否を確認したところ、土筆も獣人の親子も特に怪我などはしておらず、ただ意識を失っていたのだった。
結局、何が起きたのかは分からなかったのだが、ギルド職員の一人が周囲から精霊のものと思われる魔力の残滓を感知したと報告が上がっているので、報告書では溺れる直前に土筆が精霊魔法を使い獣人の親子を救助した事になっているのだった……
「実際にお前が精霊魔法を発動したかどうかは分からんが、依頼上の事実としてはそういう事になってると言う話だ」
執務机に戻って作業を再開したゾッホが書類を見ながら補足説明をする。
「真実はどうあれ、土筆さんが獣人の親子を救った事は紛れもない事実です」
ミアもゾッホの後を追うように言葉を付け足すのだった。
土筆はソファーに座ったままの姿勢で腕を組んで片方の手を顎に当てると、新しく加わった情報の断片を頭の中で繋ぎ合わせていく。
すると、それぞれの情報は紆余曲折の末に、今朝土筆が契約した水精霊ディネへと繋がるのだった。
「そう言う事か……」
現状では、どのような事象が折り重なって今回の結末に至ったのかは知る由もないが、濁流に飲み込まれた土筆達を救出したのは水精霊ディネで間違いないだろう。
そう考えれば、水精霊ディネが土筆から魔力の供給を受けていた事も契約が不完全な状態であった事も整合性が取れるのである。
「後からコルレットに聞いてみるか……」
土筆はそう呟くと、この件については一旦保留する事にしたのだった。
「他に何か御座いますか?」
土筆はミアの問い掛けに対しやんわりと否定をすると、それを以て今回の指名依頼は終了となった。
「それでは報酬をお渡ししますので、こちらへどうぞ」
ミアはゾッホに一礼すると、土筆を連れて執務室から出ていくのだった……
土筆が報酬を受け取ってギルド一階の共用スペースに戻ると、お腹を膨らませたメルが幸せそうにテーブルで寛いでいた。
はっきりと覚えている訳ではないが、土筆がテーブルを離れた時よりも皿の枚数が増えていることは触れてはいけない禁忌事項である。
土筆は配膳をしていた女性従業員に声を掛け、メルが追加でオーダーした分の料金を支払うと、その足でメルの元へ向かう。
「待たせたな」
土筆は先ほどまで自身が座っていた席に腰を下ろすと、膨れたお腹に両手を添え、もたれ掛かるように座っているメルに話掛けるのだった。
「あっ、土筆君だー。用事は終わった?」
「ああ」
「そう、それは良かったねー」
メルの様子を見る限り、もう暫くこのまま休憩する必要がありそうだ。
土筆は近くを通った従業員に飲み物を注文すると、メルが動けるようになるまでの間、雑談を交わしながら時間を潰すのだった……
「そろそろ行くか?」
「はーい」
土筆が立ち上がりながら声を掛けると、メルは元気良く返事をして席を立つ。
「この後はどうするの?」
「買い出しの予定だけど、その前に一つ依頼を受けようと思う」
土筆はそう答えると、依頼書が貼り出されている掲示板の前まで移動するのだった。
「おっ、張り出し依頼を受けるんだー」
メルは掲示板に貼り出されている依頼書を見る土筆を見ながら言葉を漏らした。
冒険者ギルドでの依頼は、昨日土筆が受けた指名依頼の他に、掲示板に貼り出される依頼と貼り出されない常設依頼がある。
常設依頼は採取した薬草類や狩猟した食材、討伐証明ができる部位などの買い取りがメインで、基本、持ち込まれた品物をギルドが買い取る際に契約が成立する仕組みとなっている。
それに対し、今土筆が見ている掲示板に貼り出されている依頼と言うのは、依頼主が条件を提示して請け負う者を募集するもので、指定された材料の調達や護衛業務、更には特定の魔物の討伐など多種多様な依頼で溢れているのだが、ギルド側の受付条件を満たしていれば受理される仕組みであるが故、報酬の良し悪しや依頼内容の信ぴょう性など、請け負う側の自己責任の度合いが高くなっているので注意が必要になる。
「ああ、用事のついでに……ね」
土筆はメルにそう答えると、掲示板から”山小屋の定期点検”と書かれた依頼書を剥がし、受付カウンターに持っていくのだった。
「あら? 土筆さんにメルさん、こんにちは」
依頼書の受付業務を担当している冒険者ギルド職員のリエーザは、普段常設依頼を専門にこなしている土筆とメルの登場に意外そうな顔をする。
「リエーザさん、こんにちは。こちらの依頼をお願いします」
土筆は特に気にする素振りも見せず、先ほど手に取った依頼書をリエーザに手渡した。
「はい、ありがとうございます……東の森の南側にある第三山小屋の定期点検ですね……それでは登録証のご提示をお願いします」
リエーザは土筆とメルから冒険者ギルドが発行している登録証を受け取ると、手続きを行う為に席を外した。
「ねえねえ? 暖かくなって来たしピクニックでも行くの?」
メルは依頼書の標題を見て興味津々のようだ。
「いや、違うけど……でも、まぁ……似たような感じになるかもな」
土筆がこの依頼を選んだのは購入した土地の雑草処理の為に、とある魔物をテイムするのが目的で、この依頼自体はついでなのだが、メルが喜ぶのであれば景色の良い場所で弁当を広げるのも悪くないかも知れない。
「いいね、いいねー」
尻尾を躍らせながら嬉しがるメルを見た土筆は、ピクニックを目的の一つに付け加える事を決定するのだった……
「お待たせしました」
リエーザは受付に戻ってくると、預かっていた二人の登録証を返却する。
「それでは、契約の前に改めて依頼内容の確認をさせて頂きます」
受付カウンターの椅子に腰掛けたリエーザは、土筆達が請け負う事になる依頼内容の説明を始めるのだった。
今回土筆が請け負う依頼は、東の森の街道より南側の森林地帯にある第三山小屋の定期点検である。
この第三山小屋は有事の際に避難場所として活用したり、狩猟者達の休憩や簡易的な宿泊場所として利用されているのだが、山小屋の所在が森の奥地である事も災いして、とにかく管理を行うには不便なのだ。
この世界では、ほぼ全ての山小屋に魔物除けの効果がある魔法結界が施されているのだが、その結界維持の為に必要となる魔法石は定期的に交換する必要があり、その他にも雨漏りの有無や設備の損傷など、定期的な管理の遂行は重要な役割を担っているのである。
「……期限は今日を含めて残り十五日、依頼内容は魔法石の交換と設備点検となります……説明は以上になりますが、お受けになられるのであればこちらににご署名をお願い致します」
土筆は依頼書に記された契約書の内容をもう一度確認すると署名欄にサインをする。
「ありがとうございます。それでは、こちらの羊皮紙の内容に従って点検をお願いします」
土筆は差し出された羊皮紙と交換用の魔法石の入った袋を受け取ると、リエーザに別れの挨拶をして帰る準備を始める。
「あっ、そうでした」
土筆とメルは準備が終わり、この場所から移動しようとした時、何かを思い出したリエーザが声を上げるのだった。
「どうしたの?」
突然の声に驚いたのか、振り向いたメルが獣耳を強張らせながらリエーザを見る。
「すいません、忘れてました……」
思わず大きな声を出してしまい、少しだけ頬を紅潮させたリエーザは軽く咳払いをすると、一呼吸置いて話を始める。
「ただいま冒険者ギルドでは干し肉の材料となる獣肉を集めております。依頼で森の方へ行かれるのであれば食材となる獣を狩って来て頂けると助かります」
土筆はその話を聞いて首を傾げる。
「今の時期に干し肉が足りなくなるんですか?」
「……正確には干し肉だけではなく、食料が足りなくなる可能性があるようです」
「食料……その理由を聞いても?」
「はい、大丈夫です」
リエーザは土筆の質問に答えるように事情を話し始めるのだった。
「……そう言う事なら協力させてもらいます」
土筆は東の森の先にある複数の開拓村が魔物の襲撃を受け、被災した住民がこの街に避難して来るという情報を知って、快く協力する事を申し出るのだった……
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