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第六話 井戸の秘密と指名依頼
コルレットは遠ざかっていく土筆の背中に若干の切なさを抱きながら井戸まで歩み寄ると、囲いに両手を突いて中を覗き込んだ。
「これはまた濃厚っすねー」
土筆と会話を楽しんでいた時とは打って変わり、本来のコルレットが姿を現す。
コルレットが天界の言葉を使いスキルを発動させると神力が解放され、その姿が空間に溶け込むように見えなくなる。
「さて、行くっすか……」
コルレットは浮遊すると、そのまま井戸の中へ降りて行くのだった……
神力を解放したコルレットは、真っ暗な井戸の中を恐れる事も無く降下し、途中水面に到達するも躊躇う事無く潜水していく。
程なくして井戸の底に到着すると、コルレットは神属性の光魔法を発動させ周辺に異変が起きていないかを隈なく調査した。
「特に外的要因は見当たらないっすね」
更に神力を拡散させて調査範囲を広げてみるのだが、結局、外部から接触を受けたような痕跡は見付けられなかった。
「時が時だけに色々と想定してたっすけど、杞憂で終わって何よりっす」
コルレットはそう呟くと、井戸の底に張られている結界に向けて両手をかざし、古代言語を用いた修復魔法で弱まった結界の修復を行うのだった……
「一先ず、これで完了っすけど……」
修復が終わり安定さを取り戻した結界を満足そうに眺めていたコルレットだが、どうにも腑に落ちない感覚に違和感を覚えていた。
暫くの間、得も言われぬ感情の原因を探っていたのだが答えは見つからず、大きく深呼吸をすると自問するように瞑想を始めるのだった。
「……うん、分かんないっす……念のため結界の中も調べてみるっすかねー」
得も言われぬ感情の原因追究を諦めたコルレットは、スキルを発動し結界の中に入って行くのであった……
「あっ、お帰りなさーい」
土筆がロビーに戻ると、宿屋で購入したおやつをテーブルの上に並べ、尻尾をゆらゆら揺らしながら、椅子に座ってお行儀よく待っているメルの姿があった。
「ただいま」
土筆はメルの座っているテーブルまで移動すると、対面に置かれた椅子に手を掛ける。
「コルレットは?」
「井戸の中を調べてる」
「そう。ならコルレットが帰って来る前におやつを食べちゃおう!」
メルはそう意気込むと、嬉しそうにおやつを手に取り頬張った。
「ちゃんと手を洗った?」
メルは土筆の問い掛けにうんうんと頷きながら、別のおやつを摘まんで大きく開けた口の中に放り込む。
「本当に?」
土筆は疑いの言葉を投げ掛けると、やれやれといった感じで席を立ち、カウンター裏側にある流し台で水の生活魔法を発動し手を洗う。
「うんうん、美味しい美味しい。私はこの為に頑張ったんだよー」
土筆の言葉を気にも留めないメルは、テーブルに並べられたおやつを次々と口に放り込んでいく。
「あんまり急いで食べると喉につっかえるぞ」
「大丈夫だひょっ!」
「ほれ、言わんこっちゃない……」
むせたメルは尻尾をビビッと吊り上げると胸元を何度も叩いて苦しそうにしている。
土筆はコップに生活魔法で水を満たすとメルに手渡した。
「大丈夫か?」
メルはコップを受け取ると勢いよく飲み干す。
「ぷはぁ……死ぬかと思った」
胸のつっかえから解放されたメルはほっと息を吐き出すと、嬉しそうに尻尾を一振りした。
「えへへっ……ありがとー」
土筆はメルの向かい側の椅子に腰掛けると、漸く一息つくことができた。
足を組み座り心地の良い姿勢に収まると、テーブルの上の残っているおやつに手を伸ばす。
「御免下さーい」
正に土筆の手がおやつをに触れる直前だった。
聞き覚えのある声が宿舎の出入り口から聞こえてくる。
「あの声はミアさんだねー」
メルはそう言うと、土筆が取ろうとしていたおやつをひょいっと摘み取り、悪びれる様子もなく口の中に放り込むのだった。
ミアは土筆達が所属している冒険者ギルド・メゾリカ支店の職員で、ギルドの支店長であるゾッホの片腕として辣腕を振るっている。
そのミアが直接訪ねて来たという事は、土筆達を指名した緊急の依頼が発生したと考えて間違いないだろう。
土筆はおやつを食べるのを諦め立ち上がると、呼び掛けに大きな声で返事をしながら宿舎の出入り口へと向かうのだった……
土筆が扉を開けると、メルが予想した通りミアが立っていた。
「あっ、土筆さん。お忙しいところすみません。ギルドからの緊急依頼です。可能であれば今すぐギルドまでご足労いただけませんか?」
土筆がおやつを食べているメルに視線を向けると、メルは手を振って行ってらっしゃいの合図を送る。
「それは構わないが、俺一人だけでいいのか?」
「はい、土筆さんへの指名依頼です。詳細はギルドでお話します」
土筆は大きく頷くと、普段から持ち歩いている鞄を手に取り、ミアに連れられて冒険者ギルドへと向かうのだった……
冒険者ギルド・メゾリカ支店は、南西の門から北方に伸びる通り沿い、西門と東門を一直線に結ぶ目抜き通りとの交差点に接した敷地にある建物で、通りに面した一階には各受付けカウンターを始め、依頼が貼り出される掲示板や酒場を兼ねた共用スペースなどがあり、建物内には訓練場や簡易の宿泊施設など様々な施設が充実している。
土筆はミアに連れられるがままに職員用の通用口から中に入ると、そのまま二階にある
ゾッホの執務室に案内される。
土筆がミアの後に続いて執務室に入ると、そこには窓際に置かれた執務机で仕事に追われているゾッホの姿があった。
ゾッホは土筆の姿を視界に捉えると仕事の手を止め立ち上がり、軽く挨拶を交えながらソファーに腰掛けるように促す。
そして自身はローテーブルを挟んだ向かい側のソファーに腰を下ろすと、ミアが用意した依頼書を土筆に手渡した。
「引っ越しの当日だと言うのに呼び出してスマンなぁ……」
ゾッホはそう言いながらも、申し訳なさそうな表情を微塵も見せない。
「確かに……指名されていなければ断っていたと思いますよ」
見え透いた社交辞令に、土筆は軽く噛みついて見せる。
一瞬面食らったゾッホの顔をミアが見逃すはずも無く、紅茶の用意をしながら、さりげなく手で口元を隠しクスっと笑う。
ゾッホは姿勢を正して軽く咳払いをすると、事の経緯を説明し始めるのだった。
「まぁ、概ね依頼書に書いてある通りなんだが……騎士団の団員が東の森の街道を巡回してる途中、橋が損壊して渡れなくなってるのを発見したらしくてな……領主様から当ギルドに対し、一先ず通行に支障を来たさない程度に応急処置をと、依頼が入ったんだが……」
ゾッホはミアが用意した紅茶を一口飲むと話を続ける。
「……生憎と処置出来そうな造形魔導士が全員出払っていてな……頼めそうなのが土筆、お前しか思い当たらなくてなぁ。どうだ、引き受けてくれるか?」
ゾッホの説明や依頼書の記載内容からでは現場の状況は想定することが難しく、実際に現地まで赴かなければ対応できるかどうかの判断すらつかないのだが、橋が不通となれば、東の森を開拓している多くの人達に影響が出来る事は想像に難くない。
「そのような事情であるなら引き受けますが……今の段階では、無事に成し遂げる事が出来るかどうかは分かりませんよ?」
その事を考慮しているのか、依頼書にも通常書き記されているはずの失敗時の罰則事項が空白のままだった。
「ああ、勿論それで構わない。今回はミアも同行させるので何か問題が起きた場合、全ての責任はギルドの方で持たしてもらう。土筆、お前は全力を尽くしてくれればそれで十分だ」
ゾッホはそう言い切ると、ソファーにもたれ掛かって天井に視線を移した。
「今回は私も同行させて頂きますので、宜しくお願いしますね」
ミアは一歩前に出て微笑むと、凛とした姿勢で挨拶をする。
「それでは早速で悪いが、直ぐにでも出立してくれ。必要となりそうな資材は既に馬車に積み込んである。後は道すがらミアにでも聞いてくれればいい。」
言い終えると、ゾッホは反動を利用してソファーから立ち上がり、執務机に向かって歩き始める。
土筆は頷き立ち上がると、ミアと共に東の森へと出発するのだった。
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