第九十二話 ガガモンズ家の終焉⑩

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第九十二話 ガガモンズ家の終焉⑩

 夜の(とばり)が下り、一日の調査を終えた冒険者達が夢の世界へ誘われる頃、もう一人のメル、聖白な翼を失った天使の姿のメル=トリト=アルトレイが目を覚ます。 「ふっ、もう一人の私は幸せな日々を送っているようだ」  アルトレイは口元に残る(よだれ)の痕を指先で拭き取り笑みを浮かべると部屋の窓を開け、力強く跳躍し天翔けるように開拓村近くのセイアラルウッドの樹頭に着地するのだった。 「よいしょっと……アルトレイさまの気配を発見です」  アルトレイが目指すべき方向を静かに見つめていると、左方の空間が割れミュルンが顔を出す。 「やっぱり、アルトレイさまだ」  この幼い面影をした天使の子供ミュルンは、前世で犯してしまった大罪が償われるその日まで悪魔達の魂片を集める業を背負い、アルトレイに付き従っているのである。 「ミュルンですか」  アルトレイは目標から目を逸らすことなく、慈愛のこもった声で幼い天使の名を呼ぶ。 「はーい、愛しのミュルンですよーと。でもアルトレイさま、今回も探している悪魔ではないですよ?」  ミュルンはアルトレイが見据える先に存在する悪魔の気配を識別すると、メルの探している悪魔ではないことを報告する。 「構いません。目の前に悪魔が居るのなら滅する、それだけのことですから……行きますよ」  アルトレイはミュルンにそう答えると神力を解放して足場を形成し、力強く跳躍して目的地へと向かうのだった……    土筆(つくし)とメルが発見したダンジョン内は異様な雰囲気に包まれていた。 「アルトレイさまー。気味が悪いですう」  ダンジョン内は絶えず地を這うような呻き声が木霊(こだま)し、徘徊するのは死霊系に属する者ばかりである。 「呪いがダンジョンを侵食しているようですね」  アルトレイは自身の周囲に神聖な結界を張ると、徘徊する者達を相手にすることなく最深部へ向かい歩いて行く。  ダンジョンコアは魔素を持つ者達を誘い込み囲い込んで魔素を吸収し糧とする(れっき)とした生き物である。  しかし、このダンジョンは有翼種族夫婦の禁呪により魔王ルゼ=バアウ=ブルバブゼがコアに封じ込められたことで外部から魔素を吸収する必要がなくなり、ダンジョンとしての循環機能が完全に停止した結果、二人の残した呪いの祝詞がダンジョンを侵食し始めているのだ。 「アルトレイさまー。悪魔の反応ですう」  ダンジョンの中層に差し掛かったアルトレイ達の前に、数体の悪魔の反応が現れる。 「ダンジョンコアも悪魔に侵食され始めているようですね」  ダンジョンコアは膨大な魔力を貯め込むことはできるのだが、コアそのものが力を持っている訳ではない。  膨大な魔力はそれだけで強力な毒となり得るが、それも常識の範囲内での話であり、魔王クラスの悪魔にとっては痛みを感じる程度のものである。    更に今回は相性も悪く、暴食の魔王はその食欲を満たすため無尽蔵に魔力を貪り喰らう。  魔王ルゼ=バアウ=ブルバブゼが封じ込められてからの期間を考慮すれば、ダンジョンコアがブルバブゼの手に落ちるのも時間の問題であろう。  アルトレイは振り上げた手の中に一振りの剣を顕在化させると現れた悪魔を切り伏せ、その存在ごと消滅させるのだった。 「小さいけど悪魔の魂片ゲットでーす」  圧倒的な神力で切り伏せられた名も無い悪魔達は燃え上がる時間もなく、その存在を維持できずに塵となって崩れ落ちる。  ミュルンは空間から取り出した新しい瓶に名も無い悪魔達の魂片を封じ込めると、小さな翼をパタパタさせながら笑顔を見せる。 「ミュルン、あまり前に出てはいけませんよ」  アルトレイは無邪気に飛び回って喜ぶミュルンに注意を促すと、天井から生まれ落ちてきた悪魔の首を()ねる。 「はーい。アルトレイさまー」  ミュルンは新しい瓶を空間から取り出すと悪魔の魂片を封じ込め、さほど反省していない素振りでアルトレイが張っている神聖な結界内へと戻っていくのだった。 「それにしてもアルトレイさまー。悪魔の数多すぎませんかー?」  アルトレイ達が最深部へ進むに連れ悪魔の数はどんどん膨らんでいき、とうとう通路を埋め尽くすまでに至ったのである。 「問題ありません」  アルトレイは顕在化させた剣を構えると神力を込め振り下ろす。  剣圧は光の刃となって次々と悪魔達を両断していき、気が付くと通路にひきしめき合っていた悪魔たちは余すことなく消滅しているのだった。 「おおっ、悪魔の魂片取り放題ですう」  ミュルンは一際大きい瓶を空間から取り出すと、神力を使い通路に散らばる悪魔の魂片を瓶の中に吸引していく。  ダンジョンコアが眠る最深部を前に、アルトレイはミュルンが悪魔の魂片を回収し終えるまで静かに待っているのだった…… 「アルトレイさまー。最深部のボス部屋ですよー」  ダンジョンコアがある最深部の手前にはボス部屋という空間が広がっており、ダンジョンコアが自身の身を守るために守護者を配置しているのが一般的だ。  アルトレイは巨大な扉に手を掛けると、神力を使い開錠し扉を開け放つ。 「アルトレイさまー。大物ですよー」  本来であればこのダンジョンの守護者が待ち構えているはずの空間は、暴食の魔王ルゼ=バアウ=ブルバブゼのテリトリーへと繋がっており、ダンジョンコアが秘める膨大な魔力を貪り尽くしたブルバブゼは肥大し、その醜い姿を晒しているのだった。 「あわわわわわっ、アルトレイさま、あれ魔王ですよ、魔王っ!」  小心者のミュルンはアルトレイの背後に隠れると、小刻みに震えながら声を絞り出す。 「心配いりません」  アルトレイはミュルンに神聖な防御結界を施すと、ゆっくりと魔王ルゼ=バアウ=ブルバブゼの方へ歩いて行く。 「邪魔をするな」  ブルバブゼは山のように積まれた生贄の中から適当な者を掴み取り食いちぎると、近寄るアルトレイに向かって瘴気を放つ。  放たれた瘴気は悪魔となりアルトレイに襲い掛かるのだった。 「無駄です」  アルトレイが力ある言葉を呟くと、襲い掛かる悪魔達が破裂し霧散する。 「…………」  自らが放った瘴気が消滅した事に苛立ちを覚えたブルバブゼは掴んでいた生贄を放り投げると、アルトレイの方を向き、先ほどよりも密度の濃い瘴気を放出する。   「同じです」  アルトレイは顕在化させた剣を一閃させると、瘴気により生まれ出た悪魔が一瞬で塵と化すのだった。 「満たされぬ……満たされぬっ」  ブルバブゼは体全体から瘴気を放出すると、数千、数万の悪魔を生み出し、一斉にアルトレイ目掛けて突進させる。  団子状にアルトレイに取り付いた数万の悪魔達は自ら自爆し、それと合わせるかのようにブルバブゼの巨大な腕が振り下ろされるのだった。 「アルトレイさまー」  神聖な防御結界の中でミュルンが心配そうな声を上げる中、ブルバブゼの巨大な腕の下から虹色の光が放たれると、光に触れた瘴気が次々と浄化され霧散する。 「醜い」  アルトレイは顕在化させた剣を振るいブルバブゼの巨大な腕を切り落とすと天井付近まで跳躍し、天井を足場に勢いを加速し暴食の魔王ルゼ=バアウ=ブルバブゼに斬り込む。  アルトレイの放った一撃はブルバブゼの体を貫通しその肥大した肉体に風穴を開けると、切り口から虹色の炎が悪魔の体を焼き尽くしていく。  ブルバブゼは瘴気を撒き散らし虹色の炎を消化しようと試みるが、勢いは増すだけだった。 「アルトレイさまー。やりましたね」  虹色の炎により炎上するブルバブゼを見たミュルンが神聖な防御結界の中から出ようとしたところをアルトレイが制止する。 「まだです」  炎に焼かれ悶絶の声を上げるブルバブゼは最期の力を振り絞り瘴気を吐き出すと、その肥大し醜い体と化した本体を捨て、もう一つの魔王ルゼ=バアウ=ブルバブゼへと生まれ変わるのだった。 「(ようや)く本体のお出ましですね」  アルトレイは顕在化させた剣を構えると、生まれ変わったブルバブゼと対峙する。 「けっ、天使のなりそこない如きが笑わせるな」  ブルバブゼは唾を吐き捨てると恐るべき速さで間合いを詰め殴りかかる。  アルトレイは咄嗟に剣で攻撃を防ぐと、勢いを殺すために後方へ飛び退く。 「不完全な召喚で時間は掛かったが……まあ、こんなもんか」  ブルバブゼは殴り掛かった拳を見つめると、本来の力に及ばない己の現状に妥協する。 「本当なら全部喰らい尽くして完全体で復活したかったが……邪魔してくれた代償はデカいぞっ」  ブルバブゼは瘴気を指先に凝縮するとアルトレイへ向け撃ち放つ。  アルトレイは弾道を見切りすれすれの所で(かわ)すと、神力で形成した足場を利用し瞬時に間合いを詰め斬り掛る。 「遅せえよっ」  ブルバブゼはアルトレイの攻撃を難なく(かわ)すと、カウンター気味に膝蹴りを入れ、そのまま蹴り飛ばす。  ブルバブゼの速さに対応できなかったアルトレイはノーガードのまま直撃を食らうと、そのまま蹴り飛ばされ地面に倒れ込むのだった。 「アルトレイさまー」  神聖な防御結界の中でミュルンが叫ぶ。 「ふっ、素晴らしい」  アルトレイは何事もなかったように立ち上がり、天使とは思えぬ狂気的な笑みを浮かべ瞳の色を変化させると、()かさずブルバブゼへ襲い掛かる。 「おいおい、天使の狂戦士(バーサーカー)なんて存在するのかよっ」  ブルバブゼは先ほどより数倍速くなったアルトレイの攻撃を(かわ)し切れず、致命傷に至る攻撃のみを何とか凌ぐと逃げるように間合いを取るのだった。 「完全体の貴方と戦いたかった……」  距離を取ったはずのブルバブゼの背後に現れたアルトレイは、そう告げると顕在化させた剣を薙ぎ払う。 「思い出した。そう言えば魔王殺しのメル=トリト=アルトレイって天使が居たなー」  ブルバブゼは観念したのか目を閉じそう呟くと、アルトレイの斬撃により肉片と化し虹色の炎によって存在ごと焼き尽くされるのだった…… 「過去最大の悪魔の魂片ゲットですう」  ミュルンは自身の体より大きい瓶を空間から取り出すと、取りこぼしがないようにブルバブゼの魂片を吸引していく。  狂戦士(バーサーカー)状態を解除したアルトレイはその姿を静かに見守ると、回収し終え抱き付いて来たミュルンを優しく受け止めるのだった。 「アルトレイさまー。この後はどうするんですか?」  暴食の魔王ルゼ=バアウ=ブルバブゼは消滅したものの、有翼種族の夫婦が残した呪いの祝詞は残ったままである。 「それは我らの愛しき子達に任せましょう」  アルトレイはそう答えると、ミュルンと共にダンジョンの入口へ向け来た道を戻り始めるのだった……
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