長い一日のはじまり

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長い一日のはじまり

 鳥が鳴いた。朝が来てしまったということか。そのけたたましい鳴き声によって慌てて目を覚ました俺は、飛び起きて家の扉を開けっぱなしにしたまま、顔を洗いに小川へと向かった。木の葉を踏んだ音で寝起きであるために忘れていたことを思い出してしまった。一つは既に師匠の部屋から香ばしい香りがしていたこと、そしてもう一つ、今日は食事当番が自分であること。俺はすぐに進路変更して家に戻り、師匠の部屋に飛び込んだ。 「師匠、申し訳ありません!」  部屋を開けるや否やで謝罪の言葉を叫んだが、返事の代わりに木匙が飛んできた。 「15分で支度せい。」  俺の脇をずかずかと進んで部屋を出ていく師匠の姿を見送ったあと、一人になった部屋で溜息をこぼした。俺の師匠はこういう生活の怠惰な部分にやたらうるさい。言葉が厳しいわけではないが、木匙や杖、時には万年筆という鋭利な金属がついた棒を俺に向かって投げつけてくる。相当なジジイのはずなのに、なんちゅう馬鹿力だ。そして、ジジイだから仕方が無いが、俺たちの世代で知っている奴が誰もいないようなことを知っているだろ?と言わんばかりに話してくることも困ったところだ。百年前の疫病の話だの、この大陸の果ての海の向こうの様子だの、過去の人間の暮らしだの、そんな話覚えてられるわけがないのに、延々と話してくる。昨日も深夜まで聞かされたから、朝起きられなかったっていうのに…。ここでまた俺は自分が忘れていたことが一つあることを思い出した。15分で支度、と言われても俺にはその15分という時間がどれだけの長さのものか分からないのだ。またジジイの古い習慣のせいだ。時間を言われたとき、俺はいつも数を数えることで調べていた。15分は俺の数の数え方だと1から50を20回ぐらい数えたと程度になると分かった。ただこれは、言われた時から数えないと意味が無い。俺は既に溜息をついたり、師匠が飲んだコーヒーというものが入っていた器とかを下げたりしていて、最初に数を数えることを忘れてしまっていた。 「ともかく急ぐしかない…。」  いつもよりも走って着替えを済ませて、俺は外の荒れ地、師匠の教場へと向かうしかなかった。
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