教場にて

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教場にて

 「もう一度やってみろ」  「はい…」  俺は息を整える。目の前には火のついた薪がある。それに向けて風を起こせ…。  「ウィンミャヌヤ!」  俺はただなんだかうるさい人になってしまったのか。風なぞ何も起きなかった。  「土台が硬すぎるんじゃないんでしょうかねえ。」  誰が聞いても言い訳だと分かる言い訳をついて、薪に近づいたとき、師匠の声が後ろから聞こえた。  「ウィン=ミャヌヤ」  薪はすぐに崩れて、火が消えてしまった。まるで風に吹かれたようだ。  「風を意識しろ」  「風、ですか…。」  「お前のは吹き抜ける夏の終わりの涼やかな風への想像が足りない。こどもの唄じゃないんだぞ。」  俺に言われたってよお…こんななんだかへにゃへにゃした音が並んでいたら、いくら本気の顔してもちょっと笑っちゃうじゃねえか。  「お前は、表面上の音や言葉の並びにとらわれている。もっと想像力を働かせよ。そうでなくては結果も出ないぞ。次はこれじゃ。」  師匠は扇のようなものを俺に渡してきた。正直これは嫌いなので、目の前で溜息をついてしまった。  「この呪文はすべてに繋がる大切なものだ。少しでも噛んだらダメだと思え。」  俺は大きく息を吐き、息を吸って、一息に詠み上げた。  「ドノヴァンキャルベン、ククルビアキノキ、メルトルカ、ウルクルラガシュニゼンカシキ、ポルポポルボストラゴンディクシュイ!」  途中で舌を噛んで悶つつも言い切ったのに、結局何も起きなかった。口を押さえている俺に溜息をついてから、師匠は扇子を構えて、歌うように詠みあげた。  「ドノヴァンキャルベン、ククルビアキノキ、メルトルカ、ウルクルラガシュニゼンカシキ、ポルポポルボストラゴンディクシュイ。」  唱え終わるやいなや、俺の頭に何かがぶつかった。頭を押さえて落下物を見ると、それは高いところで風に吹かれていた林檎であった。師匠はそれを手に取り、齧りつきながら総括された。  「きちんと魔法が使えたから、わしにはこうして幸運な出来事が早速起きたのお。唱えたはずの言葉が意味をなさない情けなさをお前も随分わかっているはずだ。まだ出来んかね?」  「そういっても、やっぱり意味が分からねえんすよ。言葉の意味もそれを唱えるときの唱え方とかも。」  「やれやれこんなんじゃ、お前が風を起こす頃には、わしはそれで飛ばされる骨になっとるじゃろうな。」  師匠は踵を返し家に戻り始めた。悔しかったので、俺は吐き捨てるように返事をしてやった。  「師匠の骨はさっさと埋めてやりますから、安心してくださいね!」  師匠が振り返りながらボソリと呟いた。  「ウィン=ミャヌヤ」  せっかく集めた薪が突風で散り散りになってしまった。  「薪を集めたら帰ってきてよいぞ。」  そうして師匠は先に家に帰った。俺は足取り重く、薪を集め始めた。
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