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解答「黒毛和牛のハンバーグ」
4
一年前。俺と八神さんが二回生の頃。夏休み前の推研の活動日。俺と八神さんは勝負をした。「どちらの書いた推理小説が面白いか?」を他の会員たちに判定してもらったのだ。
結果は僅差で俺の勝利だった。俺が密室トリックだったのに対し、彼女が考えたのは消失トリック。「スーパーの惣菜売り場から黒毛和牛の高級ハンバーグを一個盗み出す為のトリック」だった。犯人は惣菜売り場の店員。彼女は「鯖缶の鯖と卵、パン粉を混ぜ合わせ、そこに安い牛挽肉も少し混ぜて焼く」ことで、偽物のハンバーグを作った。(八神さん曰くとある料理バトル漫画から着想を得たらしいが)そして、高級黒毛和牛のハンバーグとすり替え、持ち去ったというのがトリックの内容だった。
話自体は面白かったが、俺は八神さんに勝ったことが嬉しくて調子に乗ってしまい、つい、こんな台詞を言ってしまった。
「鯖でハンバーグなんて生臭くてすぐにバレますよ! 八神さん、料理したことないんですか? このトリックはちょっと現実的じゃないなぁ」と。
この時の彼女は肩を震わせ、凄く悔しそうだった。
……そうか。俺はようやく把握した。これが彼女なりの一年越しの復讐劇だったことに。
『鯖でハンバーグなんて生臭くてすぐにバレますよ!』
俺は過去の自分の台詞を後悔する。俺は先週、八神さんに貰った「黒毛和牛のハンバーグ」を「実は鯖である」ことに気付かずに食べてしまい、「最高ですよ、黒毛和牛なんて」と偽物の肉を本物と認めてしまった。
そして、今日、八神さんは本物の黒毛和牛を俺に振る舞い、俺を試したのだ。
『ねぇ、覚えてる?』
という彼女の台詞。
もし、ここで「この前のハンバーグと味が違いますね」という趣旨の発言が出ていれば、俺の勝ちだっただろう。だが、俺は彼女からゲームを提案され、ヒントを貰うまで全く気が付かなかった。
俺は冒頭で「『ねぇ、覚えてる?』という台詞は俺に『何かを覚えていて欲しい』という期待があるからこそ出てくる」と述べた。この先入観が間違いだった。彼女は「俺が牛肉の味を覚えていない」ことに期待していたのだから……。
この一年越しの勝負は文句の付けようのない、八神さんの勝利だ。
「お味はどうだった? 味音痴君」
八神さんがわざとらしく俺に尋ねる。俺は両手を挙げて降参し、
「思い出しましたよ。……そして、参りました」
と頭を下げた。頭を下げているから見えないが、きっと今の俺の姿を見て、八神さんは勝ち誇ったような笑みを浮かべていることだろう。
出来る事なら、この場から鴨川へ身投げしたい程、この場に居るのがいたたまれなくなった。
彼女の作った「ウミガメのスープ」ならぬ「黒毛和牛のハンバーグ」。俺はこのゲームを今後、絶対に忘れる事はないだろう。
八神さんが自分の皿の肉を金網に乗せる。ジュウジュウという肉の焼ける音が俺を嘲笑っているように聞こえ、しばらくは肉は懲り懲りだ……と心の底から思った。
(ゲーム終了 勝者「八神叡瑠」)
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