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出題「ウミガメのスープ」
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「いや、そんな唐突に言われても……。申し訳ないですけど、俺には何も覚えがないですね。『覚えてる?』って何のことですか?」
俺は出来るだけ申し訳なさそうな様子で、八神さんに記憶にない旨を申し上げた。女性が「覚えてる?」と男性に聞く時は大体が何かの記念日だ。この質問に答えられないと「私達が付き合って〇〇日記念日だけど、それを覚えてないなんてアタシの事なんかどうでも良いんでしょ。さようなら! フン!」と怒らせるパターンであることは恋愛ドラマや漫画で学んでいる。だから、俺は素直に頭を下げながら、八神さんの表情を窺った。
驚いた。八神さんは怒ってはいなかった。むしろ、「これ以上ない程におかしい」と言わんばかりの様子でニヤリとした笑みを浮かべている。
「まぁ、そう言うと思ったわ。じゃあ、N。ゲームをしましょう。貴方は『ウミガメのスープ』は知ってる?」
唐突の台詞に俺はまたしても戸惑う。「ウミガメのスープ」は別名「水平思考クイズ」とも呼ばれているゲームだ。出題者が「お題」を出し、解答者は「YES or NO or 関係ない」で答えられる質問を行い、お題に対する真相を導き出していく。推理小説研究会でも人気のゲームだから、当然、俺は知っていた。
俺が頷くと、八神さんは両手を合わせてパンと叩いた。
「よし! じゃあ、今からそれをやるわよ。何故、私が唐突に『ねぇ、覚えてる?』と貴方に聞いたのか? その真意を答えてみて。質問は何回でも良いけど……。現時点で答えを導き出す為の材料は全て揃っているわ。じゃあ、今からスタートね」
俺は慌てて八神さんに詰め寄った。
「ちょっ……ちょっと待ってください。意味が分かんないですよ。いきなり、そんなことを言われても……」
「いいから、やんなさい。貴方はこの問題を解かなくちゃいけないの。いいわね」
急に八神さんの目つきが鋭くなる。ここは大人しく彼女の台詞に従った方が良さそうだ。俺は真面目に考えることにした。
まず、問題文はこんな感じだろう。
「八神さんは唐突に『ねぇ、覚えてる?』と言いました。言われた側である俺は何の意味かさっぱり分かりません。八神さんの意図を当てなさい」
これだけでは何も分からない。
いや……。八神さんは現時点で答えを導く材料は揃っていると言っていた。
そして、現時点で俺が気になっている不思議なことは一つ存在した。俺は八神さんに尋ねる。
「この問題は、俺が八神さんに二回も高級な黒毛和牛を食べさせられたことと何か関係はありますか?」
この質問に八神さんは深く頷いた。
「YESよ。良い質問ね」
よし。一歩前進だ。確かに、俺は八神さんに特に何かした記憶は無い。少なくとも最近は。だから、いきなり二回も高級牛肉を奢られる意味が分からなかった。だが、「覚えてる?」という台詞から、やはり俺は彼女に何かをして、今、その「恩返し」なのか「仕返し」なのか分からないが、多分、前者と予想される報いを受けている……ということになる。
となると、あとは俺の記憶次第だ。だが、いつの出来事なのか見当がつかない。八神さんとは一回生の頃からの付き合いなのだから、その頃まで記憶を巻き戻すとなると大変だ。
「八神さ〜ん。ヒントを一個ください!」
俺は八神さんに泣きつく。八神さんは溜息を吐いて、仕方なさそうに答えた。
「ヒントは……そうね。今、やってるのは『ウミガメのスープ』よね?」
「はい」
「それがヒントよ」
「はぁ?」
俺の口から間抜けな声が漏れる。それもそうだろう。今、やってるのが「ウミガメのスープ」なんて分かりきったことがヒントだなんて……。八神さん、その年で耄碌したんじゃないか?と不安になる。
……いや、待てよ。俺は突然、閃いた。「ウミガメのスープ」。この言葉が指し示す意味はもう一つ存在する。俺は八神さんに二回目の質問をする。
「この問題は『ウミガメのスープ』の物語に関係がありますか?」
俺の質問に、八神さんは出来の悪い生徒が上出来の答えを言ったのを目の当たりにした先生のような優しい微笑みを浮かべた。
「ようやく気付いたわね。YESよ」
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