第二話 独身主義者?達のお茶会

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第二話 独身主義者?達のお茶会

   花祭りの数日前。国王代理ヴィルタークの執務室にて、そこには史朗と宰相ムスケルの姿もあった。史朗はちょっとお行儀悪く、ヴィルタークが腰掛ける執務椅子の肘掛けにちょこんと腰を下ろし、ムスケルは軽い応接のための小卓の椅子に腰掛けて、茶菓子をむしゃむしゃとやっている。これが彼らの“密談”の定位置だ。  三人が国王代理の執務室にはいったときは、余人を近づけず、危急の場合を除いて取り次ぎの知らせをしないのが、この執務室付きの秘書官の役目となっていた。  ひそかに王国三大巨頭会談などと呼ばれていたりする。  そして、今回の議題は。 「花祭りの趣旨はわかったけど、王冠に花冠をかぶせる役目が僕ってどうなの?本来は王妃か、王女の役目でしょ?」  花祭りで行われる宮殿での一番重要な儀式は、玉座の間にて、女神アウレリアに扮した王妃もしくは王女が、時の王に花冠を授けるものだ。これでまた一年、王国は女神の祝福を受けたと表すもの。 「女神の代理なんて僕は男だよ」  史朗の顔が心持ちひくついた。それは先日その女神そのものに会ったからだ。今度、顔を合わせたとき自分が頭に花冠をかぶって女神代理をしたなんて、おおいにからかわれるに違いない。 「他にやりたい貴族の姫君ならたくさんいるでしょう?」 「俺はシロウ以外は嫌だ」 「シロ君でないとダメだ」  珍しくもヴィルタークとムスケルの声が重なって、史朗は目を見開く。  ヴィルタークはわかる。公明正大な彼だが、史朗に関しては思いきり狭量なのだ。 「シロウが女神役をやらないと言うのなら、玉座に王冠をおいて、女神役にはそれに花冠を被せてもらうことにする」 「なんか、それ盛り上がらないよね?」  ヴィルタークは国王代理なので頭に王冠は被らないが、彼が手に持つ王冠に花冠を被せてこそ、やはり華があるのではないか?と思う。椅子に置かれた王冠に花冠とは、なんか空しい。 「儀式に国王代理が関わらないのは話にならんし、女神役をシロ君がやるのも重要だよ」  ムスケルの言葉に「どうして?」と史朗は訊く。うさんくさい宰相様は、相変わらずなにを考えているかわからない糸のような細い目で、茶をぐびりと飲んでから。 「他の貴族の姫君なんかがやってみろ、とたん、その娘がヴィルタークと婚約間近だと、まことしやかなうわさが流れるのが宮廷ってもんだ」  なるほどと思う。ヴィルタークは不機嫌な声で。 「だから史朗が女神役をしないのならば、私も儀式には出ないと言っているんだ。玉座に王冠があればいいだろう?」 「そこまで徹底することはないんじゃない?」  思わず史朗は言う。国王代理が建国祭の重要な儀式に出ないなんてと、頭の固い貴族達に色々と言われるだろう。ヴィルタークがそういう人々に配慮しないのも珍しいことだ。 「私が欠席すれば、しばらくはうるさい見合い話の打診もなくなるだろう」  ああ、なるほどと思う。史朗だって薄々は気付いてはいたのだ。  国王代理となったヴィルタークに、名門と言われる貴族の家から、年頃の娘との見合い話が持ち込まれていて、彼がそのことごとくを断っているのも。 「俺にはシロウがいるとはっきり公言しているのに」  ヴィルタークは自分と史朗との関係を隠すことはなかった。公式の場では常に史朗を伴侶同然に扱う。夜会の最初と最後の踊りしかり、国王代理として儀式に挑むときには、史朗をまるで王妃“代理”といわんばかりに横に立たせる。  もっともこれは史朗が異世界からやってきた賢者という特別な立場もあるのだけど。これでなんの力もない異世界人が国王代理の横にいたら、それはそれで、格式だの品格だのにこだわる者達がまた騒ぎ出すだろう。 「それはそれ、これはこれって考えだよ。ヴィルターク。お前さんも貴族ならわかるだろう?  国王代理殿の唯一の愛は賢者殿なのは周知の事実だ。お前さんの生真面目な性格からして、王妃代理が賢者殿なのもゆるがない。  だが、賢者殿は男だ。だから、お前さんの子を産む女性は必要だろうと気を回して、自分の娘が第二夫人だろうが、第三夫人だろうが構わないっていう貴族共も多いのさ」 「馬鹿馬鹿しい、俺はそんな不誠実なこともしたくないし、ただ子供を産ませるだけの哀れな娘を娶(めと)るような真似はしたくないぞ」  ヴィルタークが吐き捨てるように言う。口にしたムスケルとて「お前さんには無理なことは、私にだってわかっているよ。分かってないのは貴族共のほうだ」と返す。 「安心してヴィル。あなたが無理矢理、誰かと結婚させられそうになったら、僕があなたを連れて別の次元に飛んであげる」 「それは嬉しい駆け落ちの申し込みだな」 「駆け落ちというより、略奪かな?」  二人して顔を見合わせる。肘掛けに座る史朗の腰をヴィルタークは抱いて、ぐいとひきよせられるまま、すとんと彼の膝に。額をこつんとくっつけて唇を寄せようとしたが。 「おいおい、私がいることを忘れないでくれ」  ぽっと史朗は赤くなって、ヴィルタークの広い胸に手をついて立ち上がろうとするが、腰にがっちり回った腕が離してくれないので、諦めて彼の膝の上にいることにする。  「お前しかいないのだからいいだろう?」とヴィルターク。そう、彼はこの親友というか、悪友を前にしては史朗との仲をわざと見せつけるというか、まったく気にしていない。  史朗も史朗で、ヴィルタークの端正な顔と濃紺の瞳に見つめられるとつい……。 「まったく、異世界に駆け落ちなんて物騒なことを。賢者殿なら不可能じゃないから恐ろしいんだ」 「よくわかってるじゃない。日本に戻るなら今すぐだって出来るよ」  とはいえ、ヴィルタークを史朗の暮らしていた地方都市に連れていくのは目立つなと思う。いっそ東京暮らし?と思うが物価も高いし、なにより生活の基盤が問題だ。戸籍とか色々……と別に具体的に考えているわけじゃないけど。  そもそも。 「だいたい、ヴィルが王様代理の役目を放り出すなんて、無責任なことするわけないじゃない」  そんなことは分かっている。なにもかも投げ出して逃げるような男ではないのだ、彼は。自分は王にならないと王冠も玉座も放棄しながら、それでも王としての役目は果たすと、その重責だけを背負い込むような男だ。 「だからね、僕も最後まで付き合うよ」  史朗は彼の膝の上から微笑む。彼が国王代理としてどんな困難にあおうとも、そのそばにいようと史朗も決めていた。彼を助けたいと。 「ああ、頼りにしている。異世界の賢者殿」  再び微笑み合った二人に、ムスケルがバリバリと焼き菓子をかみ砕きながら「独り者は辛い」とぼやく。 「それじゃ、僕が頭に花冠をかぶって、アウレリア女神様の役をするしかないかな?」  史朗は不承不承、女神の役を引き受けたのだった。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇ 「私のところにも見合い話は山ほど来ている」  国王代理の執務室を出て、賢者の執務室までついてきた宰相殿がいきなり切り出したのに、執務机の椅子に腰掛けながら、史朗は軽く目を見開いた。 「え?変人のあなたのところに見合い?」 「その言い方はひどいな」 「じゃあ、うさんくさい宰相様のところにお見合い話?」 「それもひどいぞ。だいたい私はたしかにこの国の宰相で、そのうえに国王代理より次の国王代理の指名を受けているんだ」  「死んでもなりたくないからヴィルタークには私より長生きしてもらわねば困る」とムスケルはなぜか自慢げに胸を張って言う。  いや、これはこれで彼なりの友情の証だろう。国王代理たる友の地位を狙う気など、まったくない。自分はずっと宰相でいいと。 「じゃあ、ムスケルさんは死ぬまで宰相だね」 「それは私が一生あいつにこき使われるということか?しかし、君だって一生、国王代理顧問の賢者だろう?」 「そりゃ、僕はヴィルとずっと一緒にいるって約束したし」  しらりと史朗が返せば「まったく独り者は辛い」とムスケルはまたぼやく。 「じゃあ、山ほど来ているお見合いのなかから、よさそうなの人選べばいいじゃない?」 「今は選べない。というより、今、私と縁を結びたいなんて輩は絶対に避けたい」 「ああ、確かに」  確実にムスケルの宰相の権力狙いなのは確実だし、下手をすれば、次の国王代理として指名されている彼を、そのままその地位につけようとする画策する可能性だってある。  つまりはヴィルタークの暗殺計画なんて、冗談ではないが。 「でもさ、ヴィルタークはあなたを次の国王代理として指名したのでわかるとおり、これからは血縁ではなく能力で、国王代理の地位を繋いでいくって、最初に宣言しているんだよね?」  だから、いくらその夫人になって、跡継ぎをもうけたとしても、爵位は受け継げるだろうが、国王代理の地位は望めないだろうに。  しかし、それにムスケルは「甘いな、賢者殿」と告げる。 「僕が得意なのは各種魔法の知識であって、複雑怪奇な王宮の権謀術数なんて、さっぱりだよ」  “賢者殿”に力を込めて言われたのに、むすりと答える。崩壊した世界に政治なんてものはなかったし、転生したって十九の歳まで半ば引きこもりの自分に、人の思惑がからみまくった隠謀なんてわかるわけもない。 「ヴィルタークは初代の国王代理なんだ。おそらくは二代目、三代目と血族ではない代理が続いてこそ、この制度は本物となる」 「たしかにヴィルは国王代理を名乗っているけど、偉大なる大王と呼ばれたジグムント王の子であることは間違いない。  そのヴィルの子が次の国王代理となれば、実質王政復古となって結局王位も復活ってことになるだろうね」 「さすが賢者殿だ。政治にうといなんて言いながら、わかっている」  ヴイルタークがいくら史朗との仲のを公言していようと、彼と自分の娘を結び付けたいという貴族達かいるのはこのせいだ。第二夫人だろうが、第三夫人だろうが、唯一王家の血を引くヴィルタークの子なのだ。それだけで利用価値がある。 「だけど、そもそもヴィルタークには国王代理になる前から、結婚する気なんて無かったんだよ」  それは彼を愛してくれた義理の両親の死があるだろう。養父母だった、ゼーゲブレヒト公爵夫妻は馬車の事故に見せかけて暗殺されている。  それはヴィルタークがジグムント大王の落胤だったことによる王族達の隠謀だった。  そして、ヴィルタークは自分の身体の中に流れる王家の血が、さらなる隠謀を起こさせないために生涯独身を決意したのだ。  彼と訪れた、侯爵領の領地の城で、ヴィルタークはそう史朗に語ってくれた。それと。 「……ヴィルは僕が男でも女でも、手放せなかったって言ってくれたけど」 「お、情熱的だなあ。賢者殿なんだから、ヴィルタークとの子の一人や二人作れないか?」 「不可能ではないけどね」  史朗があっさり答えると、さすがのムスケルもあんぐり口を開いた。 「え?え?出来るのか?」 「人の腹ではなく、ガラス瓶の中で作られた命が、果たして人かどうか?その命が王様になるってどうなのかな?」  史朗は前世の賢者である自分が“創られた”経緯を思いだしていた。次元崩壊から千人の人々が生き残った城を守るために我が身を犠牲にした知識の冠の賢者。その複製が史朗の前世だ。いわばクローン。  ヴィルタークと史朗の因子を重ねれば、二人の間に生命を創ることは事実上不可能ではない……が。 「そんな命を弄ぶような行為。僕はいやだよ。絶対にしない」 「そうだな」  ムスケルもさすがに真面目な表情でうなずいた。 「それにさ、ヴィルと僕のあいだに子供がいると仮定して、ますますその子は王の代理に相応しくないよ」 「偉大なるジグムント大王の息子にして、聖竜騎士団長で魔王を倒した聖魔王の使い手の国王代理殿と、同じく魔王を退けた異世界からやってきた賢者殿との御子か。  たしかに権威がつきすぎだ」  ムスケルがあとを続けるのに史朗は「そもそも世襲って時点でダメなんだから」と口を開く。  そう、国王代理制度を定着させるには、縁故や血族であってはだめなのだ。誰も認める国王代理が二代目とならないと。 「そして制度を定着させるには三代と言ったとおり、ヴィルタークの生前のうちに二代目に譲り、さらに三代目にゆずるところまで、我々が見届けるのが理想だな」 「気の長い話だね」  史朗はちょっと遠い目になる。なにしろ生前の賢者としての長い記憶があるとはいえ、それは人のいない閉ざされた空間で、今世では十九年の若造としての記憶しかない。  それこそ、子や孫の代まで、なんて話は想像が付かないが。 「ヴィルならやり遂げると思うし、僕はそばにいて手伝うだけだよ」 「私もこの国の宰相としてやるだけのことはやるだけだ。腰の曲がった老人になってまで宰相をやりたくもないから、次代を育てたいのは私も同じだ」 「あなた、いつもなにかたくらんでいそうでうさんくさいけど、しっかり国のことを考えてる点は評価出来ると思うよ」 「だから、うさんくさいは余分だ」    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇  実は見合い話が持ち込まれているのはヴィルタークにムスケルだけのお話ではなくて。 「賢者様」  帰宅のために執務室を出たとたんに声をかけられた。今日も昨日とは違う顔が、待ち構えていたようにニコニコと「またか……」と史朗は内心でげんなりしながらも、愛想笑いを浮かべた。  初めは苦手だったのだけど、ヴィルタークから「口の端を心持ちつりあげて、そう、その微笑の顔だ。それでうなずいているだけで、お前は絵になる」と訓練?をうけて、これぐらいはそつなくこなせるようになった。  宮廷での初歩的な処世術って奴だ。常に微笑を浮かべたような曖昧な表情で、相手の言葉を聞き流し、こちらからは「ごきげんよう」の挨拶いがいは口を開かない。  声をかけてきたのは、えーとなんたら伯爵?昨日は子爵だっけ?と史朗は思う。賢者だから万能と思うなかれ、興味ある知識ならともかく、人の顔と名前なんてさっぱりなのが、史朗の現実だ。  実は未だに、宮廷人のほとんどの顔の見分けなんぞついていない。よく見るなあ~という顔はあるが。 「……それでですな。ぜひ、賢者殿をうちのお茶会に招待したいと、うちの妻と娘が申しておりまして」  散々、自分の娘がいかに美しく、賢者殿に相応しいとでもいうように、知性にあふれた読書家で魔法にもたけているのだと、そんな自慢話をしたあとで、この伯爵様はそう誘いをかけてきた。  それに史朗ではなく、後ろから「失礼ながら」と秘書官が口を開く。 「その日は内密なご予定があります」 「ああそうだったね」  本当は予定などないが“内密”と言ってしまえば、王の代理の顧問の賢者殿のこと、どんな話なのかは爵位持ちの貴族だって聞けない。  「では別の日にあらためて、ご予定を聞かせて願えれば」と食い下がる伯爵に秘書官がまた、周囲に聞こえるように史朗に耳打ちする。 「残念ながら、今後三ヶ月の予定は詰まっておりますし、そのあとも未定とはいえ、なにかと国政のことがらがはいるかと」 「ええ、そういうことでして、お誘いは大変うれしいのですが、いかんせん予定が立ちませんので失礼します」  決まり文句をつげて「あ」と自分に向かいまた声をかけようとする伯爵をさらりと無視して、史朗は歩き出した。  「いつも助かるよ」と王宮の車寄せまで見送りについてきてくれた秘書官に告げれば「これもわたくしの役目ですので」と胸に手をあてて、うやうやしく一礼する。  史朗は馬車に乗り込もうとしながら、自分の護衛についている左右の聖竜騎士を見た。彼らも王宮の執務室から、クーンがいる聖竜騎士団本部への行き帰りにはつねに史朗の護衛についてきてくれている。 「このことはヴィルには内緒にね」  彼にこれ以上余計な心労はかけたくないと口止めすれば、彼らもまた胸に手をあてて、さっと一礼する。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇  国王代理であるヴィルタークの政務が忙しく夜遅くなるのもよくあることで、この日もそうだった。  早く帰宅した史朗は、夕ご飯をとったあと、現在はほとんど使われていない自分の寝室の横の部屋。そこに作ってもらった書斎に籠もって、禁書となった本を紐解いていた。  今回読んでいるのは、歴代聖女に関しての異聞だ。このあいだアウレリア女神に会って、気になって読む気になったのだ。  しかし、これは今は使われていない古代語で書かれているうえに、暗号になっているのもわかる。  本当ならば公に出来ない聖女の真実だ。  さらに先の核心部分の解読にうつろうとしたとき、身体がふわりと浮いた。 「うわっ!ヴィル、いきなり!」  いつのまに帰宅したのか、ヴィルタークに抱きあげられていたのだ。本当にいつも彼は軽々と自分の身体を腕におさめる。  一応十九歳男子なんだけどと男の子?としては複雑だったりする。 「何度も声をかけたぞ。まったく本に夢中になるとお前は周りが見えなくなるな」  すたすたとヴィルタークが歩いて、いくつか部屋を抜けて館の主人の寝室へと。ふわりと寝台の上に史朗を降ろしてその顔をのぞき込む。 「今日は、キンスキー伯爵に声をかけられたらしいな」 「え?」  聞き覚えのない名前だが、それは帰り際に声をかけてきた伯爵かと思い当たる。 「その前はフリッチュ子爵だったか?」  これは昨日の子爵の名か?と思う。しかし、史朗はいちいち覚えていないので、よく記憶してるなと感心してしまう。  いや、それよりどうしてヴィルタークがその名前を知っているんだ? 「私は聖竜騎士団団長でもあるんだぞ」  たしかにこの国王代理殿は、いまでもアウレリア軍の最強部隊である、聖竜騎士団の団長だった。  それですべて理解する。日替わりの護衛の騎士はすべて聖竜騎士なのだ。いくら史朗が口止めしたところで、団長の命令には逆らえない。 「お前の護衛の者達を責めるなよ」 「しないよ」  敬愛する団長に問われて、あの騎士達が黙っていられるとは思わない。そこは口止めが有効だと思っていた史朗の甘さだ。 「初めにお前になにか言ってくる宮廷の者達がいたら、逐一記録報告するようにと命じたのは俺だ」 「……それって僕の行動全部監視されていたってこと?」 「監視ではない、見守りだ」 「…………」  それ言葉を違えただけじゃない?と思うが、他の人なら重いと思う行動も、ヴィルタークだと思うと嬉しく感じてしまう。自分も重症かな?と思う。  だって、このいつも余裕な大人の男がだ。自分に近づくあれこれに、いちいち目くじら立てるなんて。  少しクセのある黒に近い褐色の髪を上にあげて秀でた形のよい額。眉間にこのところしわが寄ることが増えていて、今も軽く形になっている。  そして寝台にぺたんと座る自分を見る濃紺の切れ長の瞳。長身に広い肩幅。館に帰ってきてすぐに史朗のいる書斎に来たのだろう。その姿は聖竜騎士団長としての制服のままで、首の留め金はずして、肩から飛竜用のマントを落とす。その仕草も男の色気があるな~なんてぼんやり見ていた。 「いっておくけど“お誘い”は全部断っているからね」 「それも報告で知っている」  正確には秘書官がうまくやってくれているのだけど、史朗一人で上手く、あんな宮廷妖怪?どもをあしらえると思えない。 「だいたいさ、賢者とはいえ、爵位も領地もない僕と姻戚関係を結んだって、利があるとは思えないけどなあ」 「お前の子なら、俺が次の王の代理に選ぶこともあるというもくろみだろうさ」 「はぁ?僕の子供?」  全然、考えられないと史朗が目を見張れば、ぱふりとヴィルタークに寝台に押し倒されていた。聖竜騎士団の制服の上を脱いで、下の着ていたシャツのボタンを少しはだけた、そんな姿にドキリとする。 「もちろん、俺はお前を誰か他の女にやる予定などないがな」  どう猛に微笑むヴィルタークのこんな表情も貴重だなと、見上げていたら、その顔が近づいてきて口付けられた。  その夜の彼は、少し意地悪だった。
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