第四話 裏のアウレリア史

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第四話 裏のアウレリア史

 時は少し遡って。  三日間の謹慎?を申し渡された史朗は、このさい異聞の聖女記を解読することにした。  それは三大聖女の一人、緋の聖女の話であった。  聖女の出現はアウレリア第三王国期からだ。アウレリアの歴史は大きく三つに区分される。神話の時代の第一王国期に関しては年代を数えず、第二王国期から建国一年となり、箱船で降り立った人々は大陸全土に広がり、巨大な一つの王国を築いたが、これが三百年後に分裂。二百年の戦乱の暗黒時代をへて、現在のアウレリア王国が大陸南部に出来て五百年を経て現代に到る。  さて、現在のアウレリアには王はおらず、ヴィルタークが新たに国王代理制度を興したわけで、これを第三王国期の終了とみて、第四王国期、いや、もう王はいないのだから、第四国期とするべきか?なんて王立大学の歴史学の教授達が盛んに論議しているらしいが、ヴィルタークはこれを静観している。  「歴史なんて、あとの者達が勝手に語るものだ」というヴィルタークに史朗も同感だ。  そして、のちの施政者に都合の悪い真実というのは隠されるものだ。だが、同時に人は隠し事が出来ない生き物でもある。自分だけが知る真実を語りたいその証を残しておきたいと。  この緋の聖女の異聞もそのたぐいのものだ。いや、これがもし公開されたなら、真実がひっくり返ることになる。アウレリア王家のみならず、聖女をかかげる神殿にとっても、隠さねばならない歴史だっただろう。 「とうとう知っちゃったのね。いつか読むとは思っていたけど」  図書室の地下。前のように大きな机の端に腰掛けるようにして、女神アウレリアがこちらを見ていた。  そして彼女は言う。 「そう、緋色の聖女はわたしが選んだ聖女ではないわ。あれは闇の魔女だったのよ」    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇  緋色の聖女とは、三大聖女の一人にして、二人目の聖女だ。三大と言われるからには、他にも様々な“聖女”達が現れ、小さな奇跡を起こしてはいた。人々の病を癒し、荒れた大地に豊穣をもたらし、嵐の到来を予知する。  そのなかでも、国難の危機を救ったと言われるのが三大聖女だ。  一人目の竜の聖女は、第三王国期の初代国王に飛竜を授けることで聖竜騎士を誕生させ、そしてアウレリア王国は再統一されて戦乱の世が終わった。  二人目の緋の聖女は、兄と弟の王位継承争いから起こった内乱。王都を追われた兄を正当なる王位継承者と認めることで、民を鼓舞し正しき王を玉座につけた。  三人目の光の聖女は百年前、新興の魔法帝国が開発した魔法兵器により周辺国を次々とのみ込んで、ついには大国アウレリアにも襲いかかった。  彼女は天に祈ることによって、その兵器を撃ち砕きアウレリアを勝利に導き、国を救った。 「聖女の歴史なんて、ヴィルに語らなくても分かってると思うけど」 「ああ」  侯爵邸の応接間、三日間の謹慎?が解けて、共に王宮へと向かった夜。館にもどって晩餐をとり、史朗はヴィルタークと二人、居間で寛いでいた。  年月を感じさせる飴色のよく磨かれた重厚な家具。椅子の座面や背もたれは深い緑でところどころに置かれたクッションも黄色や橙色の温かなもの。壁紙の臙脂にいぶし銀のツタ模様まで落ち着く空間だ。  二人長椅子に並んで腰掛けて、ヴィルタークは琥珀色の強い酒が入ったグラスを傾け、つまみにはチーズにナッツを。史朗は蜂蜜を少したらした果実の風味のお茶を飲んでいた。お茶菓子はそれに合わせたベリーの小さなタルトに、オレンジのピール。 「でもね、三大聖女の話を読んだときに、少し違和感を僕は覚えたんだ」  史朗はオレンジのピールをかじる。まぶされた砂糖の甘さをお茶で流せば口中にさわやかさが残る。 「違和感?」 「うん、竜の聖女は聖竜騎士を生み出し、光の聖女は闇の魔法兵器を撃ち砕いた。  だけど、緋の聖女が滅ぼしたのは王位を簒奪(さんだつ)しようとした弟だった」  ヴィルタークはあごに手をかけてしばし考えて「なるほど」とつぶやく。 「史朗はつまり緋の聖女のみが、人の戦に干渉したと言いたいのだな?」 「それは魔法帝国と戦った光の聖女も……と言われそうだけどね。でも彼女が撃ち砕いたのは魔法兵器で、あとの戦争はあくまで人間同士の戦いだ」  緋の聖女はどうだったか。  兄を正当なる王だと指名し、民衆を鼓舞して王都にのぼり、最後は己の処刑という劇的な最後によって、幕を閉じた。  彼女の死は無駄とならず、さらにそれによって団結した民衆軍によって武を誇った弟軍は敗れて、兄が王位についたのだ。  そして、その兄はその後、聖王とよばれる治政をほこった。彼の伴侶である心優しき白の王妃も有名だ。 「そう言われてみれば、緋の聖女の話はとても政治的ではあるな」 「そしてね、女神アウレリアはこう言ってる。自分は緋の聖女を聖女として認めていないと」  史朗の衝撃のひと言に、さすがのヴィルタークも目を見開いて、こちらを凝視する。 「それではあれは偽聖女で兄側が自分の正当性を主張するために仕立て上げたと?」 「普通はそう考えるよね?実際、兄側は王都を追い出されるほど劣勢だった。  だけど、彼らは最後まで彼女を聖女だと信じていたと僕は思うよ」  「どういうことだ?」と問いかけるヴィルタークに史朗は「僕が解読した古文書を順番に説明するよ」と口を開いた。 「まず二人の兄と弟の誕生からして後の歴史では隠されていることがある。いや、語らないことであえて隠したというべきかな?」 「なにも言わなければ、なにも知り得ないからな」 「そう、あれこれうそをつくより一番有効な方法でもある。  兄と弟は双子だったんだよ。普通に兄と弟と書けば兄のほうが年上と思うけど、二人はある意味でまったく対等だった」 「しかし、アウレリア王家で双子が生まれたならば……」 「そう、ヴィルならよく知っているよね。第二王国期末の王位継承争いから、双子の男子が生まれたばあい、片方は他家に養子に出す慣習がアウレリア王家にはあった」  第二王国期は双子の王子が生まれた。その政争から大陸を統一していた国が分裂したと伝わる。だから、アウレリア王家にとっては双子の男子は禁忌だ。 「ところが二人が成長するにつれて問題が生じたんだよ。将来の王と定められた兄のほうは凡庸で、他家に出された弟のほうが優秀だったんた。  その上に兄の素行はよくなかったらしい。王宮内のことだったから、内々におさめられていたらしいけどね」 「のちに話に聞く聖王とは大分印象が違うな。まるで……」  そこで言葉を途切れさせて何かに気付いたようなヴィルタークに「気付いたと思うけど、結構複雑な話だから、最後まで説明させて」と史朗が言い、ヴィルタークがうなずく。そして、彼は琥珀色の強い酒を一口のんで、チーズをつまむ。史朗がそれに「一欠片くれる?」とたずねて、オレンジのピールと一緒に食べた。「これはこれで美味しい」とつぶやく。 「話の続きだけど。ある日、決定的なことが起きて王は兄の廃嫡を決めた。弟を次の皇太子とすることに決めたんだ」 「しかし、それは兄が黙っていないだろう?」 「うん、思いあまった兄はなんと父王を殺して、自分が即位してしまう」  ヴィルタークはそこで驚くことなく押し黙って、気難しい顔となった。史朗のいた日本だって戦国時代で親子兄弟が殺し合うなんてざらにあった。たぶんこの世界でも、その手の争いというのはいくらでもあるだろう。 「この暴挙を優れた弟は当然認めなかった。聖竜騎士団以下の軍の支持を受けた彼に、兄はごく少数の取り巻きをつれて王都を逃れた」 「そこで聖女が現れたわけか?」 「そう。アウレリア女神の神殿にも、色々な派閥があるよね?彼女はとある過激な一派の修道女だった。  そして、兄が都落ちして逃れた田舎の村で、彼女はアウレリア女神からだとされる神託を下すわけだけど、この禁書に書かれている文句がまた過激なんだ」  兄が彼女を試すために、従者に扮していたところまでは正史と同じだ。正史では彼女は「あなた様こそがアウレリアの正当なる王。私と民とともに王都に参りましょう」と告げる。 「禁書にはこう書いてあったよ『兄が王となるのは順序であり決まり。女神アウレリアはその秩序を乱すことにお怒りです。あなたが父王を殺したのも、女神のご意志に過ぎません。女神はあなたを正当なる王とお認めです。あなたこそがアウレリア王です』とね」 「それはまたずいぶんと過激だ。父親殺しまで女神の意思だと断ずるとは」  ヴィルタークが顔をしかめる。史朗も「うん、これにはアウレリア女神もかなりお冠だったね」とうなずく。『わたしがあんなクズを王だと認めると思う?冗談じゃないわ!』と結構に怒っていた。 「そこから先は伝えられる話とかなり似通ってきてる。兄の素行の悪さは王都では有名だったけれど、田舎では伝わってなかった。だから都落ちしてきた可哀想な王様っていう同情は確かに周辺の民にはあったんだよ。  それでも彼らが鎌や鍬なんてろくな武器でもない武器を持って決起したのは、聖女あってこそだろうけどね」 「だが、聖女が女神に選ばれていない偽物だとすると疑問が生じるな。  兄軍と弟軍は三度戦って、三度弟軍が退いている。お前の話からすると聖竜騎士団も弟を支持していたというのに、正規の軍がろくに訓練も受けてない民衆軍に敗れるのはおかしい」 「うん、それが緋の聖女……女神アウレリアは闇の魔女と呼んでいたけどね。その力だ」  「闇の魔女?」とヴィルタークがくり返すのに、史朗はうなずく。 「民衆軍は狂っていた。そうとしか思えなかった。前の仲間が血を流そうとも、逆にそれを足手まといだと踏みつけて、前へと進み続けたんだ。  禁書には弟軍が殺した民衆は一人もなく、逆に仲間に踏みつけられて死んだ屍が、街道に残ったなんて、殺伐した描写がある」 「すさまじいな」 「そう。逆に弟軍の兵士達のほうがまともであったし、民衆とは戦いたくないという意思が弟にはあった。  だから、彼らは進む民衆の前に立ちふさがろうとしたが、結局立ち去るしかなかった」  これが三度の撤退に繋がるが、逆にそれが弟軍が劣勢だと人々に誤解させることになる。こうなればさらなる熱狂が熱狂を生む。 「それまで日和見を決めていた貴族達までが、私軍を率いて兄軍に参戦したのさ。王都はふくれあがった兄軍に囲まれた。  そのとき都の大門が開いた。弟軍が観念して降伏したと思った彼らは、馬に乗って鎧をまとった姿の勇ましい緋の聖女を先頭に意気揚々と、都にはいった」  王都はしずまりかえり、行軍する彼ら以外の姿はなかった。これは逆に弟が王都から逃げたかと、緋の聖女を囲んだ騎士達や兵士達が笑い合うなか、中央広場に一人の少女が立っていた。  緋の聖女と対照的に、彼女は鎧もまとっておらず、白い簡素なドレス姿で、馬上の人々を見つめた。 「あなたたちは、なにを見ているのです?どうして同じ国の同胞達が争いあい、血を流さねばならないのですか?」  少女の鈴のような声に、緋の聖女の周りを取り囲んだ騎士達は我に返った。兵士となった村人たちも。  騎士達はそれまでの兄の不行状を思いだした。それでも王族に忠誠を誓った騎士として、彼に心ならずも従い続けたことを。そして、兄が王となるために父王を殺したこともだ。  従ってた村人たちも唐突に、なぜ自分はこんな遠くまできたのだろう?と考えた。それも仲間達も自分も血を流して、戦争なんて恐ろしいことをする気持ちなんてなかったのに、怯えて逃げる仲間さえ殺したことを思い出した兵士などは、とたん悲鳴をあげた。  広場は争乱となり、緋の聖女を囲んできた騎士も兵士も散り散りとなった。その後ろにいた兄さえ、彼女を捨てて、従者達と逃げ出したのは本当に情けないことだ。 「騎士達や村人達を我に返らせたのが、アウレリア女神が選んだ白の聖女だったんだ」 「本物の聖女か?」 「そう、そして一人取り残された緋の聖女を捕らえようと、弟軍の兵士達が彼女の周りを取り囲んだ」 「そして、偽りの聖女は捕らえられて処刑されたか?しかし、それでは緋の聖女が三大聖女として、歴史に名を残しているのはわからないな」 「彼女は処刑されたんじゃない。自決したんだよ」  史朗はいったん、そこで言葉を切り、深く息をした。ここらから先の禁書に書かれていた凄惨な場面を思い出してだ。「明日でもいいんだぞ」というヴィルタークの気遣いに首を振った。 「先延ばしにするものじゃないよ。こういうのは一気に語らないとね。  短剣で首を掻ききった緋の聖女……いや、魔女というべきかな。彼女は呪詛をまき散らしたんだ。  殺しあい、血を流せとね。  魔女の術中にあった兄軍の者達は仲間同士殺しあったんだ。目の前の味方が敵だと疑わずに。  そんな狂乱は白の聖女の浄化の力によって、一日でおさまったけどね。しかし、流された血は多かった」  兄軍の率いていた半分の命が失われた。それは大半が民衆だったという。そして、この狂乱のどさくさに兄もまた命を失っていた。 「残されたのは混乱の戦後処理だ。率いられた民衆の失われた命に、兄が勝つと尻馬に乗った貴族達、それに初めは過激派が勝手に動いたこととしていた神殿まで、兄を後押しするようになっていたんだ」 「なるほど、そのすべてを罰するなど不可能なことだ。  なにより流された民の血が大きい。ここで弟が勝者として、真実は魔女だった緋色の聖女にみな操られていたのだと、公開すれば民は混乱と失意に包まれただろうな。  自分達はなんのために戦っていたのか?と」  そう、すべての人々を罰するにはあまりにも数が多すぎたのだ。民に貴族に神殿。そんなことをすれば、アウレリアの国力を大きく削るほどに。  ならば。 「それで弟は兄に成り代わり、兄こそが聖女に選ばれた王としたか。そして、すべての者の罪を問わないことにした」 「双子だったからね。入れ替わりは容易だっただろう。もちろん周囲の者達は気付いていたに違いないが、この場合、犠牲を多く出した民衆に夢を見させることが大事だった。  聖女が選び、自分達が押し立てた兄が王位についたとね。  弟は兄となり、聖王と呼ばれるほどの善政をしいた」  「もう一ついうならね。白の聖女は彼の王妃となった。慈愛に満ちた白の王妃様だよ」との史朗の言葉に、そこで軽く驚いたようにヴィルタークは目を見開いた。  史朗はクスリと笑う。 「本当に血なまぐさい話だけどね。最後の最後で救いかな?」  そう結んだ。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇ 「それで僕がこの禁書をいつまでも読まなかったらどうしていたの?」 「そりゃ、こうやって現れてさっさと読めと指示したわよ」  時間は再び戻って侯爵邸の図書室の地下。大きな机に広げていた禁書を、史朗は戻してから、厳重に封印の魔法をほどこした。  「あら、誰にも読ませないつもり?」と机の傍らに腰掛けた女神に史朗は「この封印を解けたなら読める」と返す。 「叡智の冠の賢者の封印解くなんて、なかなかいないわよ?」 「それぐらいの“器量”がなけりゃ、こんな真実に触れちゃいけないってことだ」 「あなたの愛しい人でも?」 「ヴィルには話すよ」  “愛しい人”って、わざとこっちが小っ恥ずかしくなる言い方してるなと、史朗は平静をよそおう。女神はつまんないとばかりに、唇をとがらせて。 「あら、ずいぶんと信頼してるのね」 「信じているんだよ。恋人として何でも話すわけじゃない。ヴィルはちょっとやそっとの真実じゃ揺るがない“器”だからね」  だからこっちも“恋人”とはっきり言ってやるが、女神はそこではなく、別の言葉に口の端を軽くつり上げて。 「そう“英雄の器”この動乱の時期に相応しいわ」 「…………」  賢者になる資質に、叡智の冠があるように、歴史を変えるような人間には、備わった冠がある。器ともいうが。  ヴィルタークの場合は“英雄の冠”だ。彼の存在は人々を動かし、時代を動かす大きなうねりとなる。  だけど英雄と呼ばれた者達は、必ずしも幸せな一生を終える者達ばかりではない。先に女神が言ったとおり、争乱と呼ばれる時代の転換期にこそ、彼らは生まれてくるのだから。 「ヴィルは僕が守るよ」  ずっとそばにいると約束したのだから。 「叡智の冠の賢者付きとなると強いわね」 「それで、緋の聖女の真実を僕に知らせてどうしたい?いや、闇の力とはどういうことだ?百年前にあの魔法皇帝を生み出したのだって、闇の魔法だろう?」  王宮の玉座の間を半壊させたのは、百年前に光の聖女によって討伐されたはずの魔法王だった。その邪悪な妄執が人々の精神の片隅を渡り歩き、ついには先のこの国の宰相まで乗っ取って、復活したのだ。  ついには魔王となって、このアウレリアの世界どころか、史朗のやってきた世界までつなげて、二つを暗黒に包もうとした。 「そうね、あの魔法王も闇の教団の分派だわね」  「分派?」と女神の言葉に史朗は顔をしかめた。「わたしにもよく把握出来ていないのよ」と女神らしくもなくため息をつく。 「そもそもがアウレリアの創世記に関わることよ。  箱船で辿り着いた人々に、わたし達賢者は残る力で加護を与えた。それが人々の中に宿る魔法力だけど。  火も闇も強すぎてはいけないでしょ?」  「ああ」と史朗はうなずいた。火とは便利なものだが、使い方を誤ればすべてを焼き尽くす破壊そのものとなる。闇に関しては、これはもっと禁忌だ。  賢者となれば己の中に闇を飼って当たり前だが、並以上に魔術師でさえ、己の心の闇に呑まれればどんな災厄になるかわからないと、史朗が賢者だった世界でもこの魔術は禁忌とされていた。 「だから、闇の賢者はこの世界の果ての海の底に力を沈めたの」  そして、炎の賢者は他の者達が力を人々に分け与えてなくなったあとに残り、女神として人々を導いた。彼女が光の女神とされたのは、その炎のまぶしさゆえだ。 「だけど、人の心には少なからず闇はあるわ。その禁忌の教えはいつのまにか生まれた」  アウレリア女神が最高神とはされているが、この世界は多神教だ。史朗が読んだ宗教史では、大陸を統一していた第一王国期の分裂から、暗黒の戦乱期にかけて様々な宗教が生まれ、第三王国期となって大陸南部にアウレリア王国が再興されたあとも、周辺国では様々な神を奉じている。  そして闇の教えもまたその頃に生まれ、第三王国期において、暗躍し始めたのだとアウレリアは語る。 「実際のところ、あなたをこの世界に呼んだのは、その闇の勢力に対抗するためよ。もし、彼らが深海に眠る闇の賢者の力に直接触れたならば、わたしでも対処仕切れなくなる」 「そこまで奴らがもう手を伸ばしているということか?」 「わからないと言ったでしょ?わたしは女神だけど、万能の神ではないわ」  たしかにアウレリアは女神と呼ばれているが、本当の神ではない。神ならば、そんな闇など過去の事象までさかのぼって、そもそもがないことに出来るだろう。  が、基本、高次元のゆらぎである彼らは、こんな四次元の事象には無関心なのだ。  いくら賢者でも、そして賢者からさらに高位となった女神であろうとも、その力の及ぶ範囲で世界を守護するしかない。  元は人間なのだ。 「でも、だいたいの予感や闇の息吹を感じることは出来るわ。それを聖女達に神託して祓(はら)ってきたわけだけどね」 「今度は僕にそれをさせようって訳か?」 「あなたなら、わたしの神託や力の助けがなくとも、自分で考えて直接的に動くことが出来るでしょ?  たとえばアウレリア女神教団の総本山である大神殿に巣くう闇とかね」    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇ 「それが女神様のご神託か?」 「神託じゃなくて、直接話したんだけどね」 「話せるお前がすごいぞ、シロウ」 「一応、賢者なので」  ヴィルタークがグラスを傾け、史朗はお茶を飲んで、ほうっと息をつく。 「しかし、女神のお膝元である大神殿に、その闇の教団が巣くっているとなると、放置も出来ないな」 「直接行くしかないんだろうけど、そうなると理由が僕の名誉大神官とやらの叙階の儀式になっちゃうんだよね」 「それをいうなら、俺は生きながら聖人だぞ」  二人とも顔を見合わせて苦笑しあう。二人を取り込もうとする神殿側から逃げ回っていた案件だが……。 「花祭りが終わったあとに、行くしかないか」 「ヴィルも行くの?」  「お前一人で行くつもりだったのか?ひどいぞ」とくしゃりと史朗は頭をなでられる。「国王代理殿はお忙しいから、僕一人のつもりだったけど、一緒ならうれしい」と史朗は笑う。  乗り込む場所のことを考えると嬉しいというのも不謹慎だが、ヴィルタークと一緒ならば心強い。  「歴代の王は即位したあとに、大神殿に参るのが習わしとはなっている。俺は国王代理だが」 「じゃあ、異世界の賢者もそれにくっついていくことにするかな?」  花祭りから半月後に、国王代理と異世界の賢者は大神殿へと向かった。護衛の聖竜騎士数人を引き連れてという身軽さで。  そして、王都を守る留守番は当然。 「私ということになるんだな!」  宰相ムスケルは山積みの書類に囲まれて、ぼやきながら羽根ペンを動かした。
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