第八話 連鎖する事件と隠謀

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第八話 連鎖する事件と隠謀

 驚愕の知らせがもたらされたのは早朝だ。  聖ワシリイ会の神官長が玄月の小神殿にて、無惨な遺体となって発見されたのだと。  この大神殿には歴代のアウレリア王が寄贈した小神殿が幾つもあり、玄月の小神殿のその一つだ。神官長の遺体を発見したのは、朝の礼拝をしようとそこをおとずれた神官だった。  知らせを受けたヴィルタークと史朗は、共に寝ていたベッドから飛び起きた。仕度もそこそこに部屋を出る。「今は後ろで一つに結ぶだけでいいから」とヨルンに言ったら、少し残念そうな顔をしていたが、しかし、今は悠長に髪を結ってもらっている場合ではない。  それはヨルンもわかってくれて、両わきの毛をとってひねって一つにまとめてくれた。そこに花の髪飾りを差し込んだのは、せめてもの意地なのか。  そのヨルンも史朗の護衛として後ろにつき、他の聖竜騎士達もヴィルタークに続く。ヴィルタークは小神殿に入る前に、史朗を見て。 「ここで護衛と待っていてもいいのだぞ」 「冗談、ここまで来てなかに入らないという選択はないよ」  「それに僕は賢者だよ。人体の構造なんて熟知してる」と先に立って入る。  中にはすでに大神官長と他の神官長達も到着していた。神殿の祭壇の前に倒れている聖ワシリイ会の神官長の周りを取り囲み祈りを捧げていた。  史朗もヴィルタークと共に遺体の前へと歩み寄り、軽く祈りを捧げて顔をあげた。  遺体は顔を潰されて、胸の真ん中に穴が空いて神官の服がぐっしょりと血で濡れていた。  それだけでなく祭壇の白い壁には血で魔法紋章が描かれていた。これには覚えがある。宮廷の地下に禁書として封じられていた。  闇の魔法紋章だ。ここで生け贄を捧げる儀式を行ったか。大神殿のなかで行うとはなんとも大胆だが、しかし、それが彼らが闇の神に忠誠を誓い、逆に光の神たるアウレリア女神を穢す行為となるのだから、ある意味で納得と言える。  それも、生け贄に捧げたのは神官長だ。心臓をえぐり取ったのは、それが人の命の源である血の根元だからだろう。  かの魔法王が人々の血を搾り取って、それを結晶化して闇の魔法兵器としたように、人の身体にはそれだけで魔力が備わっている。 「神官長の心臓は見つかったのですか?」  史朗が訊ねると、大神官長や神官長の後ろにいた修道僧達が、静かに首を振る。「くまなく神殿の中は見ましたが、どこにも」と一人が口を開く。  では心臓は持ち去られたのか。生け贄の儀式だけでなく、心臓をなにかに使うつもりだろう。神官長ともなれば、それだけ聖魔法を操る技術も高く、魔力も常人よりは遥かに強いと言える。  史朗は目の前の魔法紋章をじっと見た。己の中にある叡智の冠を働かせて、その紋章をたどる。  魔法紋章は署名のようなものだ。たとえ同じ形の紋章であっても、そこには個人が出る。ヴィルタークの聖魔法の紋章があれで意外と大ざっぱで簡略できるところはしているが、骨格はしっかり威風堂々で出力はすごいとか。  悪友ムスケルに言わせると「まったく面白味がないらしい」が。 「僕はヴィルタークの魔法紋章は素晴らしいと思うけどね。あれはまさしく光というか、太陽そのものだよ」 「ようは、力押しでぶっ放しているだけだろうが」  「惚れた弱みじゃないかい?賢者様」なんてからかわれたが、まあ確かにこれが専門の魔術師ならば「大ざっぱ!」とでも怒るところだろうか?  でも、ヴィルタークは軍人で、実践派なのだし生死を争うときに正確な紋章云々より、簡略化された最大出力をぶっ放したほうが有効というか、脳筋は正義だったりするところもあるわけで。  光の魔砲じゃない、魔法を放つヴィルってかっこいいな~と史朗も思っているから、惚れた弱みは否定しない、うん。  なにより、ヴィルタークの光の魔法は感じて気持ちのよいものだ。どこまでも抜ける青空と輝く太陽のような、一片の曇りもない。  いま、史朗がたどっている闇の紋章はそれと正反対に不愉快なものだった。血と死と怨嗟が混じりあい黒い霧となりよく見えない。  紫色の炎があがる祭壇。そこに祀られている捻れた角が無数に頭部に生えている巨躯の石像だ。あれが彼らがあがめている闇の神か?  それは史朗が考える高次元の揺らぎではない。正確には神ではなく、精霊のようなものだ。炎の賢者の魂が人々の想いによって女神アウレリアとなったように、人のゆがんだ心の闇が生み出したもの。  闇の神の彫像には実際に、数百年の人の妄執と生け贄達の命が固まって、意思なるものが宿っていた。  どす黒いもやがたつそれに、黒いローブをまとっていた人物達がひれ伏している。その一番先頭に立つ、おそらく祭祀がこちらを振り返るが、その顔は闇のもやに包まれて見えない。  「ミタナ」とそんな声が聞こえた。とたん飛ばされた邪気に、史朗は防御結界を展開する。 「シロウ!」  ウィルタークの片腕が自分を後ろから引くように抱く。同時に彼はもう片方の手を突き出して、光の紋章を展開していた。それが史朗の土と風の防御結界の紋章と綺麗に重なる。  血の紋章から飛び出してきた幾つもの闇の球がその表層にはじかれて、たちまち消滅する。直撃を食らったら、身体だけでなく精神にもかなりのダメージがあるものだ。それこそ力がないものなら、精神崩壊しかねない。 「ありがとう、ヴィル」 「まったく、ひと言断りを入れてくれ」 「ゴメン」  たしかになにも言わずに“潜った”のは悪かったな……と思う。  そして目の前の血で描かれた魔法紋章がしゅうしゅうと煙を立てて消えていく。こちらが探ることを想定して仕掛けられた罠に、まんまとひっかかったらしい。  おそらくは賢者である史朗の力量をはかるためだろう。罠にはまれば始末出来てそれでよし、逃れたならばそれだけの力を持つと、値踏みされたのだと今の仕掛けに感じた。  「な、なにが起こったのですか?」と聖イオアン会の神官長に訊ねられる。 「闇の紋章に意識を飛ばしてみたんですよ。相手側の情報がわかるかと……あちらの想定した罠にひっかかってしまって、したたかに反撃を食らいましたが」  「闇の魔法を探るなど」「恐ろしい……」と残りの神官長達が口を揃えて、史朗を非難の目でみる。神聖なる女神に仕える彼らからすれば、闇の魔法に少しでも触れるのも禁忌なのだろう。 「なにか分かりましたかな?」  しかし、大神官長は気にすることなく、史朗に尋ねた。やはりこの大神官長は、大王ジグムントが選んだだけあって、器も大きく理知的に考えられる人物のようだ。 「そうですね。闇の神の姿を見ました」  人々の意思が神を作ったとは史朗は話さなかった。それを明かせば、アウレリア女神とても人々の信仰が炎の賢者だった魂をそこまで押し上げたと……話すつもりはないが、ともかく、この世界の神に関する考えを揺るがしかねない言葉ではあるからだ。  史朗の考える神とは、もっと高次元の揺らぎのようなもので、低次元の世界が生まれようと滅びようとまったく関心を持たない。ようするに、なにもしない神だ。  だから、アウレリア女神や闇の教団が信じる異形のそれは、精霊と言うべきものだろう。世界を滅ぼすほどの干渉力は持たないが、預言や奇跡などを人々にもたらす。  闇の教団が生まれて数百年もたてば、そのような神の一つも生み出せるだろう。どれほどに迫害されても闇への信仰を捨てず、バラバラに離散してまで教えを伝え続けたその執念ならば。 「石像でしたが、あの中にたしかに闇の神は存在し、黒いローブをまとった人々がその前にひざまづいていました。  封じられていた巻物では闇の教団は少人数で離散したと書かれていましたが、それにしては少し人数が多かった」  いや、少人数で離散したその一つが、密かに勢力を拡大したとみていいのだろう。どこかを隠れ蓑にして?  どこを?と考えて、史朗は嫌な考えとなった。  アウレリア女神の神殿にすでに闇の教団が入りこんでいるとしたら、そこで増えたのかもしれないと。  神殿の外ならば、異端に対する人々の目も厳しくなるが、まさか神殿の内にそんなものが巣くっているとは誰も思うまい。  炎の賢者こと、今はアウレリア女神となった彼女は、大神殿は自分の家でもないのだから、百年ぐらい目を離していても……と言っていた。それは寿命のない精霊の感覚だが、百年あれば十分に一つの教団が育つ時間だ。  それも神殿内部とは、なんとも皮肉だが。  とはいえ、これは全部自分の憶測だと、史朗はふっ……と息をつき。 「首領らしき先頭に立つローブの人物のフードの中をのぞき見ようとしたら、怒られました」  そう言って肩をすくめた。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇  ところがそれだけで事件は終わらなかった。  翌日には聖イオアンの神官長が、大神官長宮殿と大神殿を結ぶ回廊。その途中で遺体となっているのが、これまた早朝に発見されたのだ。  今回は顔は潰されておらず、心臓を抜き取られた驚愕の表情のままの姿で。  胸以外の他の傷はなく、抵抗のあともまったくない。これは前日の顔を潰された遺体と同じだが。  そして、仰向けに倒れた頭の上には、血で書かれた魔法紋章がある。 「シロウ」 「うん、わかってる。もう見ないよ」  翌朝にまた知らせを受けて、ヴィルタークと史朗は回廊にむかった。紋章をじっと見る史朗に、ヴィルタークが注意するのにうなずく。 「まったく抵抗したあとがないのが気になるね」 「たしかに顔見知りであっても心臓をえぐりとるとなれば、反射的に暴れるだろうが、そのあとがまったくない」  「まるで術にでもかかったようだ」というヴィルタークに史朗は、ひらめいたように目を見開き「それだよ」と答える。  しかし、人がたくさんいるこの回廊で、それを話すのは支障があると、史朗は左右に目を走らせて「あとで」とヴィルタークに告げると「わかった」と彼は答えた。 「お、お助けください。大神官長猊下!」  そのときいきなり声が聞こえた。見れば遺体に祈りを捧げている大神官長の左右、生き残った?聖シルウェストル、聖ビルギッタ会の神官長が、その衣の裾にすがるようにしてひれ伏している。 「どうかどうか、私の罪をお許しください」 「すべてを告解いたします。ですからこの魂だけは、闇よりお守りを……」  これが神官長となった人物か?と史朗は呆れたが、しかし、次は自分か?と思えば、その怯えようもわかるというものだ。  それに“罪”や“許し”“告解”という言葉からして、ウージェニーが話してくれたとおり、闇の教団からの脅迫文というのは、金や女がらみの後ろめたいことらしい。  そこで史朗はふと思いつく。神官長ともあろう者が一人で、夜明け前にどうして人気(ひとけ)のない、小神殿や回廊などに出向いたか?だ。  おそらくは脅迫文の内容に関することで呼び出されたのか?いや、証拠はまったくないから、あくまで憶測に過ぎないが。  だとすれば、目の前の神官長二人の醜態もわかるというものだ。世に出れば神官長としての自分達の立場が危うい。しかし、脅迫どおりに一人で赴いたりしたら、自分がその三人目の生け贄となる。  大神官長に二人はなだめられて、修道僧に囲まれて、その場を彼らはあとにした。別室で大神官長が、神官長達の懺悔を聞くのだろう。  こんな回廊のど真ん中では神官長ともあろうものの醜聞などさらせないのはわかる。  そして、ヴィルタークと史朗もまた、自分達の部屋へ戻ったのだった。    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇  国王代理にあてがわれた部屋の居間にて、こんなときでも、いや、こんなときこそアウレリア人はこよなく茶を愛する。  香り高いハーブの茶を一口のめば、口中がすっきりするだけでなく、凄惨な殺人現場を見て、淀んだ気分も浄化されるようだった。 「さっきの話の続きだけどね」 「ああ、神官長の遺体に抵抗のあとがなかったことだな」 「うん、あれは闇の魔女が使った魔法と同じかもしれない」  闇の魔女とは表向き緋の聖女と呼ばれている、三大聖女の一人だ。  乱暴な弟王子によって王都から追われた、心優しき兄王子こそが正統なる王だと、アウレリア女神の神託を授けた。そして民衆を導き、弟軍をやぶり兄を王位につけたと。  これが表向きの歴史だ。しかし、真実は逆で兄王子は父王まで殺して王位に就こうとした人物で、弟王子は国を二分した争いを治めるために、あえて自分が死んだことにして、双子の兄王子になりかわり、その後善王として名を残した。  そして、その国を二分する争いの元となったのが、緋の聖女こと闇の魔女だ。彼女は不思議な術で人々を扇動し、戦いを知らない農夫を恐怖さえ知らない狂戦士へと仕立て上げた。 「人の心につけいるのは、闇の魔法が得意とするところかもしれない。  闇の魔女が扇動した狂乱の民衆も、仲間の倒れた屍を踏みつけて進むような集団だったと記述されている」 「しかし、それならば神官長をわざわざ殺さずとも、己の手駒とすればいいのではないか?」 「たしかに、闇の魔女ほどの力があれば、一目で人を魅了して、自在に操ることも出来たかもしれないね」  闇の魔女と言われるほど彼女の力は強かったのだろう。でなければ、戦ったこともない民衆を、恐れ知らずの狂戦士に仕立て上げることなど出来ない。 「今回の術者にはそれほどの力はないと?」 「というよりね。相手が腐っても神官長だったってことだよ」  史朗が“腐っても”と言ったのは神官長達それぞれに、後ろ暗いところがあるからだ。金に女に男……は、あんまり想像したくない。いや、偏見はない。ヴィルタークと自分だってそうといえばそうだし。  だけど、自分の場合別に男が好きなわけじゃなくて、ヴィルがヴィルだから……と、さらに恥ずかしくなりそうなので、史朗は考えを切り替えた。  今はそれより、闇の精神魔法だ。 「神官長となれば、いずれも強い神聖魔法の使い手だ。魔力だって高いよ。そういう人物は身体の拘束ならともかく、精神まで完全に縛りつけること不可能だ。どこかで破綻が出る」 「ああ、なるほどな」  ヴィルタークも神聖魔法の使い手であるから、わかるとうなずく。 「それとこれは会派の勢力拡大の権勢欲に取り憑かれた四人の神官長はともかくね。篤い信仰や信念を持った人物ならば、一時的な身体の拘束も効かないよ。  僕の場合は純粋に魔力故だけど、ヴィルとか、あと大神官長もそうだね」 「なるほど、あの方の信念と信仰心をどうこうなど出来なさそうだ」 「だから、闇の勢力だって寝室の扉に脅迫文は貼り付けられたけど、大神官長を夜明け前の神殿に呼び出してどうこう……なんて出来なかったわけだよ」  そこで史朗はもう一つの可能性も思い当たる。  二人の神官長が呼び出しに応じたのは、知られたくない脅迫の内容もあるが、その脅迫文にも魔術がかけられていたのかもしれないと。 「完全に精神を操る魔法は無理でも、その場所に一人で行かなければならないと思わせるぐらいなら、十分だと思う」 「なるほど、そのうえで身体の自由も奪い心臓をえぐり取ったと?」 「あくまで憶測だよ。結局は、やった本人に聞かなければわからない」    ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇  その日、大神官長の夕餉にヴィルタークと史朗は招かれた。大神官長の居室の小食堂にてだ。  立て続けに二人神官長が陰惨な死を遂げた。その食前の祈りをささげ、三人は静かに食事をとった。とても談笑というような雰囲気ではなかったが、それでも穏やかに話が進んだ。  話の話題は自然に先々代のジグムント大王のことになった。 「私を大神官長にという、お話をおそれおおくも一度はお断りしたのです」  過去を懐かしむように大神官長は宙をみて、つぶやく。 「地方の街の神殿を守り、私は一生を終えるつもりでした。が、ジグムント陛下は私に書簡にて、こう告げられた。  その神殿も守るも、大神殿も守るも一人の神官としての役目にかわりはないのではないか?あなたには人々の信仰のしるべとなってもらいたい……と。  そこまでおっしゃられては、この私の小さな信仰心の灯火(ともしび)とて、お役に立てるならばと、大神官長の大任をおおせつかりました」  アウレリア女神のちょっと残念な正体?を知っている史朗でも、大神官長のその言葉は胸にくるものがあった。この人は本当の意味での聖職者といえるのだろうと。 「猊下、私の告解を聞いてくださいますか?」  そう切り出したヴィルタークに史朗は彼を凝視する。この人が神様に懺悔って、いや、一つ二つそれでもあるのか?  ならば、自分はここにいていいのか?と立ち上がろうとすれば、ヴィルタークに『そのままで』と目で制されて、食堂の豪奢な椅子に多少居心地悪く座り続けるしかなかった。  「なんでしょうか?」とうながす大神官長にヴィルタークはうなずき。 「父の……あえて父と言いましょう。あと余命幾ばくもない病床に呼ばれました。余人を交えず、私と父の二人で」  それはジグムント大王のことだ。ヴィルタークの実の父親。偉大なる大王。その最後の病床にヴイルは呼ばれた。それも人払いをして二人きりで。 「父は私に自分のあとを継ぐか?と告げました」  史朗は思わず息をのむ。それはジグムント大王が自分の次の王にヴィルタークをと望んでいたということだ。  そのときすでに王太子には、大王の孫であるベルント王がいた。だが、ヴィルタークは庶子とはいえ、大王の息子だ。孫よりも王位継承権はある意味上といえた。  まして、そのとき彼はすでに聖竜騎士団の副団長として頭角を現していた。さらには誰がどうみてもジグムント大王の息子であるとわかる容姿だ。 「私は断りました。父は私を他家に実子として預け、私はその養父母を実の父と母と思い育った。  父をそれで恨んでいるわけではない。だが、その養父母の息子として生きたいと、ただの王国の剣でありたいと願ったのです」  王位ではなく、聖竜騎士として国を守る道をヴィルタークは選んだ。それは彼を自分の息子のように愛した養父母の死もあっただろう。  ヴィルタークの出自ゆえに、彼らは隠謀に巻き込まれて謀殺されたのだから。 「病床の父は『そうか』と答えて、私達の話は終わりました」  ジグムント大王はヴィルタークの気持ちを尊重したということだ。 「ところが、私は今、国王代理と名乗っている。王にはならない。これは私の信念です。が、あのときの父のことを考えると、単なる意地を張っているのではないか?と、そう考えなくもない」  ヴィルタークは自分で自分を笑うような、らしくもない微笑を浮かべる。大神官長はヴィルタークをじっと見つめて。 「それでもあなたは王にはなられない?」 「そうですね。それが私の信念です。頑固者だと言われようと」  「ならばそれがあなたのお答えです」と大神官長は返した。 「ジグムント陛下も『そうか』とお答えになった。それも陛下のお答えです」  ヴィルタークは大神官長の言葉に深くうなずいた。史朗はちょっとわからなくて首をかしげたが、訊く雰囲気でもないから黙っていた。  あとでその意味を聞いたならば。 「俺が王に絶対ならないのは、俺にもわかっていたし、父……ジグムント大王にもわかっていた。そう言うことだ」  そう言われた。 「そうだね、確かにヴィルは王様になんかならないって、僕も知ってる」 「そうだ」 「お父さんもわかっていたのに、あえて聞いたってこと?」 「もし俺が王になりたいといっても、大王はそうしなかっただろうな。逆に王の器無しと判断して」  王になれと言っておいて、王になると言ったなら、やっぱりならせない……なんて、禅問答のようだと思った。
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