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私じゃない私
怒涛のような一日が過ぎ病院を後にしたのは、深夜だった。
父の運転する乗用車で家に着く。
静まり返った住宅街。
リビングに入ると、どっと疲れが襲う。
へたり込むようにソファーに座る。
母が心配して水を持ってきてくれた。
「ねえ、春菜。お腹すいたでしょ。何か食べる?」
そうだ、騒ぎで何も食べていない。
急にお腹がすいてきた。
「ピザが食べたい」
「わかったわ、すぐに持ってきてもらうわ」
母が、ピザ屋に電話している。
父が私の正面に座る。
「春菜、お前、最近変だぞ。純平とか言う奴と何か悪い事してるんじゃないだろな」
「はあ? 何いってるのよ。純平君は、普通の子よ。むしろ大人しくって優しい子よ。何でそんな事言うの?」
「だって、おかしいでしょ。2年生になってから立て続けに事件や事故ばかりおこして」
「ぐうぜんよ。だって私たち何もしてないもの」
と、言って見たがどうも私が誰かに狙われているような予感がした。
母が、父の脇に座る。
「ねえ、お母さん。ちょっと聞いていい?」
「何?」
「私って何者なの?」
「えっ、何者って・・・春菜でしょ。春菜は、私の子よ」
父の態度がおかしい。怒ったような顔で横を向いている。
「私って子供の頃の記憶が無いのよね。今日の出来事なんだけど私を狙っているみたいなのよ」
「な、何を言ってるの。狙われる訳ないじゃない。思い過ごしよ・・・」
「じゃあ、私の子供の頃の記憶が無いのは、なぜ?」
「それは、・・・」
母は、あきらかに動揺している。
「私、時々夢を見るの、暗闇から白い衣を着た天使に助けられた夢」
「天使に助けられた? そうかもしれないわよ」
父が憮然として言う。
「そんな訳無いだろ! お前、そろそろ本当の事、話したほうがいんじゃないか」
母が慌ててる。
「何を言ってるの、本当の事って。今こうして生きているのが本当の事じゃない」
父が立ちあがり書斎に行ってしまった。
玄関のチャイムが鳴りピザが届いた。
「温かいうちに食べましょ」
母は、何事も無かったようにピザを取り皿に分ける。
「ねえ、お母さん。さっきお父さんが言った本当の事って何?」
「いいのよ、気にしなくって」
と、書斎から父が数冊のアルバムを持ってくる。
母が慌てる。
「お父さん、何もこんな時それ持ち出さなくても・・・」
「いいからこれを見ろ」
ドサッとアルバムをテーブルに置く。
古びたアルバムだった。
手に取り広げると若かりし日の父と母が写真に納まっている。
その中に生まれたばかりの私が写っていた。
「これ、私?」
「そうよ、あなたよ」
父は、憮然としている。
私の子供の頃と思われる成長を記録した写真だ。
ページをめくると大きく育っている写真がある。
アップにした顔が満面の笑みを浮かべているがどう見ても私じゃない。
似ている別人だ。
「だれ? これ、私じゃ無い!」
父がアルバムの写真を見て、
「これは、お前じゃ無い」
母が泣いている。
私の心に動揺が満ちる。
「どういう事なの? 私は、私じゃ無いの?」
「実は、お前に隠していたことがある」
父が淡々と話し始めた。
「あれは、お前が生まれる前の事だ・・・」
父は、若くして政治家を目指していた。
母の実家は、代々続く政治家一族だった。
祖父の地盤を継ぐために母は、父と政略結婚をさせられたのだった。
しかし、母は、父に出会う前に恋人がいた。
無理やり結婚させられた母。
結婚後中々子供に恵まれなかった。
結婚して3年ほど経ちやっとの思いで授かったのが春菜だった。
すくすくと成長した春菜が10歳の時に事件が起きた。
血液型から春菜の父が違う事が判明したのだった。
私は、そこまで聞いて驚いた。
「私、お父さんが違うって、どういう事・・・」
「ああ、俺には、子種が無かった。お母さんは、別の男の人と・・・」
「やめて!」泣き崩れる母。
「それを苦にしてお母さんは、春菜を連れて入水自殺したんだ」
母が、嗚咽して泣く。
「それで、お母さんだけ助かって春菜は、行方知れずになった。それからずっと春菜を探し続けて・・・毎日探し回ったんだ。そんなある日、道に倒れていたお前を見つけたんだ」
「えー私、道に倒れていたの?」
「お前を連れ帰ってしばらくして意識を取り戻した。でも、名前を聞いてもわからない。言葉も片言しか話さなかった。何も記憶が無さそうだったんだ。歳も同じくらいだし、それでこの子を春菜として育てようと・・・万一記憶が戻ったら戻すつもりだった。そう思ったんだ」
ショックだった。
どこの誰だか解らない私。
本当の親は、どこにいるの?
悲しい気持ちで涙が溢れた。
「何で今まで黙っていたの。どうして言ってくれなかったのよ!」
母は、ただただ泣きじゃくって言葉にならない。
苦渋の顔の父。
「ああ、仕方なかったんだ。いつか言おうと思っていたが、どうしても言えなかった・・・」
父も辛かったんだろうなと思った。
誰かが悪いんじゃない。
捨てられていた私を大事に育ててくれた父と母。
恨む事なんてできない。
人生なんてわからない。
でも、益々私の出自が分からなくなっていた。
私は、どこで生まれてどうして狙われているのか。
深まる謎。
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