業界の裏

1/1
前へ
/1ページ
次へ

業界の裏

「お似合いですよ~。こちらは新作でして。デコルテを出した方が、スリムなお客様が、さらにスラッとして見えます」 プランナーのくだらない営業トークを聞き流して、鏡に映った自分のドレス姿を見る。 (袖がねえ!胸もねえ!ドレスを着たのにバスタオル!) 元々、披露宴会場で働いていた私は、この業界の裏を嫌というほど見てきた。ビスチェタイプ、袖無しのドレスが流行っているのは、貸す側はサイズ合わせがしやすいこと、借りる側も一生に一度くらいは、デコルテを出したドレスを着てみたいという需要が高いこと、供給側の事情と需要がマッチした結果なのである。 「ペンシルラインのノースリーブを。ランクは最上級でも結構です、お金に糸目はつけません。腰で着るドレスではなく、肩で着るドレスをお願いします」 突然出てきた専門用語に、プランナーの顔がぴくぴくと痙攣し始めて、値踏みしている。新作ドレスを脱ぐ手伝いをしながら、この客は何者なのかと探りを入れてきた。 「お、お客様は服飾関係にお詳しいんですね。確認いたします」 別の式場を辞めて数年、あなたとほぼ元同業でしたよとは言えなかった。余りに見え見えの営業をトーク仕掛けてくるようならば、元披露宴スタッフだとバラすつもりではあったが。 しかし、ドレスの打ち合わせでは、プランナーがイチオシのものを着ておくのも悪くはない。もしかしたら、私に似合うビスチェタイプのドレスがあるかもしれない。 その期待は見事に裏切られた。 「完全にドレスに着られてるね」 彼はビスチェタイプのプリンセスラインのドレスを試着した私を携帯で撮影して、容赦なくダメ出しを入れてきた。私は、ドレスの華やかさに負けている画像を見て、彼に囁く。 「最初はプランナーのオススメに付き合って顔を立ててあげよう。高い新作ドレスを試着させて、ランクを下げると見劣りするように仕向けるのが向こうの戦略」 彼も囁き返す。 「金に糸目はつけないって、最上級があれば、70万もレンタルドレスに払うの?」 私はニヤリと笑って、 「ペンシルラインのノースリーブなんてね、一番安い基本プランにしかないの、大抵。最上級があるとしたら有名デザイナーくらい」 彼はプランナーが戻ってくる前に眉を潜める。 「最上級があったら、それにする気?」 「九割の確率でないと思うよ、あれば検討するけど。右を見ても左を見ても、ビスチェばかりでうんざりさ」 節を付けて詠んで、おどけて見せる。彼は信じられないという顔をしている。たった一日の借り物のドレスのために70万も払うつもりなのかと。服装に関して、自分の分は自分で払う事にして良かった。 プランナーが戻ってくるのが遅い。まさか最上級があったのか、それとも、袖ありドレスそのものが見つからないのか。 「お待たせしました。ペンシルラインのノースリーブは、こちらしかございません。お客様、お袖をご要望でしたら、先程のドレスに共布のケープをお召しになっては?化繊よりシルクの方がお似合いですよ」 ケープを羽織るとドレスのラインが崩れる。シルクのプリンセスラインの新作は魅力的だが、化繊でもペンシルラインのドレスを着た方が、全体のフォルムはシャープになる。 「とりあえず、こちらも試着させて下さい」 私は基本プランに収まってしまう一番安いドレスを試着した。 「こちらもお似合いですが、ご新郎さまもワンランクアップしましたし、ご遠慮なさらずに」 (そういうカラクリでしょ?基本プランの新郎のタキシードは、わざとダサくしておく。ランクアップしないと格好がつかないように。そうすれば、新婦も遠慮なくランクアップする事を見越してね) 私は、肩の所だけに袖がある、ペンシルラインのドレスのシルエットのシンプルさに感動した。これが運命のドレスだと確信。 (胸隠せる!袖もある!トレーン長くて完璧だ!オラ、こんなドレス着たい~オラ、このドレス好きだ~) 「これに決めました。肩で着るドレスの方が好きなので。袖がある方が、両家の親にもウケがいいデザインでしょう?」 その一言で、プランナーは引き下がった。 だがしかし、お色直しのカクテルドレスをグイグイと勧めてくる。カラフルなドレスの海をさ迷うプランナーは、営業トークを繰り出す。 「お色直しには貴方の色に染まるという意味もございますから、是非ご試着を」 「ハア、そうですか。彼の色って白だと思うんです。誠実で純粋だから。お色直しが必要なら、白のウェディングドレスをもう一着検討しましょうか?」 私は、相手が絶対に引き下がる一言を言った。 レンタルドレスの場合、白のウェディングドレスを二着押さえられるのは避けたい。白のウェディングドレスが決まらないと、お色直しにたどり着けないから。 「残念ながら白のドレスは一着というご契約です。白のイメージに近い淡いお色はいかがですか?」 「うーん。彼のイメージカラーは雪のような白だから、お色直しは要らないわ」 腕を組んでラブラブな雰囲気を醸し出すと、プランナーも諦めたようだ。 「かしこまりました。では、タキシードとドレスの最終確認を」 プランナーは、金払いが渋いなぁという不満の表情を隠さなくなった。確認してサインしてるときに、彼はポロっと失言してしまった。 「同僚が奥さんのドレス選びに五回も付き合わされたって愚痴ってたけど、即断即決だね。流石、結婚式場で働いてた人は違う」 プランナーが石像のように固まった。 (バルス!じゃなくて、バラス!あーあ、滅びの言葉を言っちゃった) しかし、プランナーはなぜかほっとしている。 (元同業者だから、営業の手口を全部読まれて売上が立てられなかった。そう上司に言い訳出来るからか) 彼の一言は、プランナーにとって、滅びの言葉ではなく、救いの言葉だったようだ。 衣装合わせの帰り道、彼の運転する車の中。 「きらびやかに飾り立てなくても自然体でいいと思う。凄く似合ってたよ、あのドレス」 珍しく彼は饒舌だった。私は頷いて、ドヤ顔。 「どんなドレスを着ても似合って困っちゃう、華やかな美人だから」 彼はひとしきり笑ってから、 「美人は美人でも性格美人の方だな。俺のイメージカラーは白、誠実で純粋って嬉しかったよ。お色直しの断り文句でもさ」 真顔でそう言った。 「断り文句だけなら、元同業者なんでお世辞は効かない、お色直しはしないって簡潔に言うよ。あれは、惚気てみたかったから本音」 私も真顔で返す。 「ありがとう、結婚式が楽しみだね」 彼はそっと、私の髪を撫でてくれた。信号が青になって、愛しい指先が離れていく。 運命のドレス。形だけはローブ・デコルテにそっくり。シルクではなく、化繊なのがちょっと残念だけれど、袖付きドレス自体が少ないから、見つかっただけヨシとしよう。真っ白な雪の色は、清廉な彼のイメージカラー。 (まな板の 胸隠す 袖付きドレスを 血眼で 探し出し 安上がり 営業トークを返り討ち。 オラ、袖のねぇドレス嫌だ~ オラ、袖のねぇドレス嫌だ~ 豊胸も嫌だ 豊胸さ、避けたら袖付きドレスで涼しい顔するべ~) (終)
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加