溺愛

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もう一通り話をしてある佐藤ちゃんが向かいでニコニコして、「良かったですね」と笑ってみんなの話を聞いていた。 斜め前に座った青木君が、ネクタイを緩めて、 「ま、一ノ瀬が幸せなら、いいわ」 と呟いてお酒を飲んでいる。 「うん。今まで、ありがとうね」 入社以来、ずっと良くしてくれた同期にお礼を言う。 「ん。あぁ、俺も彼女、欲しいなぁー」 そろそろお開きという頃、加藤さんが電話を取って立ち上がった。 「あ、そうですか。店の前まで出ますわ」 そう言いながら、席を立った。 何かと思ったら、高橋部長とカイを店に案内していたようで、すぐに帰ってきた。 「一ノ瀬。フィアンセがお迎えだって」 戻ってきた加藤さんがそう大きな声でいうので、みんなが「おー。さすがだな」と沸く。 ああ、もう。ちょっと、フィアンセって照れる。 カイが軽くこっちに手を上げた。 優しい視線に、酔いもあって、ふわふわしちゃう。 一緒に入って来た高橋部長に立ち上がって、挨拶してお礼を言った。 「ん、幸せにね」 「はい、花ちゃんとモジャ、よろしくお願いします」 小声でそう言うと、「あ、はい。うん」と、頭を掻いている。 カバンをもつと、佐藤ちゃんが立ち上がってこっちを向いた。 「寂しくなります」 佐藤ちゃんが少し潤んだ目でキュッと笑顔を作って、言ってくれる。 ぎゅっと佐藤ちゃんにハグした。 「何かあったら、メールね」 同じ時期に、同じ会社で、仕事も恋も頑張った仲間。 花ちゃんも、佐藤ちゃんも、この選択を応援してくれた。 皆にお礼を言って、頭を下げた。 『もう、大丈夫?いいの?』 カイが気遣ってくれる。 『うん、いい。帰ろう』 ずっといたら、もっと寂しくなってしまう。 手をつないで、居酒屋を去ると、みんなから「おめでとうー!!」の拍手と歓声が上がった。 夜の東京をタクシーが走る。 この街にお別れする。 大好きな人の手をつなぐ。
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