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一見して、本のどこにも、手紙のようなものは挟まっていないように見えた。
こみ上げる不安とともにページをめくる。経年劣化で少し黄ばんだページが続くばかりで、書き込みすら見当たらない。
聖子から預かり、浩美に返すまでの間に、どこかでぽろりと落としてしまったのか。
それとも手紙を見つけた浩美が黙って処分したのか。
じっとりと手ににじむ汗を感じながら、本を閉じる。
と――裏表紙に妙な膨らみがあるのに気づいた。
ふと閃いて、カバーをめくる。薄いサックスブルーの封筒がふわりと舞って、床に落ちた。
根本聖子が手紙を挟んだのはページの間ではなく、本体とカバーの間だったのだ。
どうりで気づかなかったはずだ。
安堵のため息とともに、封筒を拾い上げる。手塚先生へ、という聖子の筆跡が目に入った。間違いなくこれは、あの時根本聖子が僕に向けて書いたという手紙だ。
今さら中身を確かめたからといって、どうなるものでもない。しかしながら、同級会で見せた聖子の寂し気な表情を思い出すと、胸が痛んだ。十五年間もの長い間、気づかずに放置してしまった彼女の想いを一刻も早く弔ってやりたかった。
意を決して封筒を開封しようとし――僕は目を見張った。
封筒の口は、ペーパーナイフで割かれたような鋭利な切り口でもって、既に開けられていた。恐る恐る中を覗き込むものの、当然入っているはずの便箋はどこにもなく、ただただ僕の心に戸惑いを生むだけだった。
どうして手紙がないんだ。
誰が、なんのために手紙を。
トントン、とドアを叩く音に、僕は飛び上がるほど驚いた。
「早く着替えてシャワーを浴びたら? 疲れたでしょう?」
ドアの向こうから響く、いつも通りの平滑な声音。ああ、うん、と絞り出すように返すと、浩美はそれ以上何も言わずに立ち去って行った。
取り残された僕は、もう一度手の中の封筒に視線を落とす。かつて根本聖子の想いを封じ、僕に届く事なく失われてしまったもの。
僕の代わりに誰が手紙を読み、中身を破棄した上で封筒だけ元通り本の中に戻したのか――そんな事ができるのは、一人しかいない。
僕は一瞬の逡巡の後、封筒をくしゃりと握りつぶし、ゴミ箱の中に放り投げた。
明日の朝にでも、ゴミを集めに来た浩美が目にする事だろう。
何も言わずとも、それこそが僕の答えになる。
浩美が空の封筒だけを、黙って本の中に戻したように。
〈了〉
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