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そんな僕に釘を差したのは、国語の柳沼先生だった。
「先生もわかってらっしゃるとは思いますけど、特定の生徒と必要以上に親しくなるのは好ましくありませんよ。他の生徒達の間で噂になっていたりしますから、少し控えるようにして下さい」
具体名は出さなかったものの、根本聖子の事を指しているのは明らかだった。僕はまるで自分がいかがわしい変態教師に落ちぶれたようなみじめな気分で申し訳ありませんと首を垂れたものの、根本聖子に僕がミステリマニアである事を吹き込んだのは柳沼先生自身だったから、少しばかりの反発も覚えないではなかった。
「これが最後になるよ。もう君に貸せるような本はうちにはないんだ」
次に彼女が本を返しに来た際、用意しておいた最後の本を渡しながら、僕は教師らしく尊大ぶった口調で言った。最初に関係が始まったのと同じ、理科室での事だった。これ以上続けるとお互いのためにならないとか、噂になっているからとか、余計な事は何一つおくびに出さなかった。口に出した時点で、まるで僕達が実際に非違行為を犯していると認めるような気がした。
「そうなんですか? だったら他にありませんか? 推理小説じゃなくたって構いませんよ。他の小説とか、雑誌とか、CDとかでも。先生のおすすめのやつ、貸して下さい」
「いや、それもちょっと」
言い淀む僕を見て、彼女は何かを察したように顔色を変えた。
「私がこうして先生につきまとう事自体が、迷惑……っていう事ですか?」
「そうじゃないよ。そんなはずないだろう」
「だったらどうして……? もし誰かに見られるのが困るのなら、私、学校では先生に会わないようにします。その代わり、どこか別の場所とかで会うようにしませんか? 先生の部屋とか……」
泣き出しそうに顔を歪め、懇願するように言う彼女を見て、僕は初めて自分の愚に気づいた。と同時に、彼女の言葉の意味するところを想像して背筋が凍った。
彼女が安易に、一番避けるべき状況を望んでいる事に、眩暈すら覚えた。
柳沼先生や影で噂をしていた他の生徒達の想像通り、根本聖子は僕とのやりとりそのものを楽しみにしていたのだ。そこには言わずもがな、教師と生徒という関係では済まされない強い感情が介在していた。
そう気づかされた途端、目の前のセーラー服姿の少女が急に大人びて見えた。
言葉を尽くして僕を説得しようとする唇や、セーラー服を押し上げる小さな胸の膨らみや、何よりも熱を帯びた視線が、彼女が中学生なんていう型通りの少女ではなく、一人の男性を心から慕う事の出来る大人の女性なのだと訴えかけてくるようだった。
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