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きっと柳沼先生は、当事者である僕も気づかなかった彼女の想いに勘付いていたのだ。
まだ未熟な僕は、一歩間違えれば大きな過ちを犯してしまうかもしれない事まで見越した上で、早めに釘を差してくれたのだろう。
「申し訳ないけれど、駄目なものは駄目だから」
僕はただひたすらに説得力に欠ける言葉を繰り返し、拒絶を示した。教師らしからぬ非常な仕打ちだったと思う。
しかし彼女の気持ちを知ってしまった以上、尚更関係を続けるわけにはいかなかった。まだ若かった僕には、他に彼女を諦めさせる方法も知らなかった。
「じゃあ……せめてこの本、いつもより長めに借りててもいいですか? 大事に大事に読んで、何回も読み返した後で、返しますから」
「……うん、いいよ」
躊躇はしたものの、瞳いっぱいに涙を浮かべた彼女を前にしては受け入れるしかなかった。
「……失礼します」
根本聖子は本を胸の中に抱くようにして頭を下げ、飛び出すような勢いで走り去って行った。
その後、彼女が僕の下を訪ねて来る事はなく――担当する理科の授業の際も、まるで僕と目を合わせるのを避けるように俯く姿に、僕の胸はしくしくと痛んだ。
結局、彼女が借りた最後の本を返しに来たのは、卒業式の日だった。
「今まで本当にお世話になりました。高校に行っても、先生の事は忘れません」
そう言った彼女の顔はさっぱりと晴れやかで、卒業を機にようやく僕に対する想いは断ち切ってくれたらしいと、内心胸を撫で下ろしたところまでは覚えている。
でもまさか、あの時受け取った本に手紙が挟まっていたなんて。
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