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僕は、会社で同じ課の高木先輩と夜道を歩いていた。
「そういえば俺、めちゃくちゃ目が良くてさあ。両目2.0なんだよ」
「それは凄いですね……」
実際先輩は視力がいいだけでなく、仕事でも色んなところに目配りしていて、その視野の広さと注意力は尊敬に値した。
そんなことを話していると、道の向こうから、髪の長い、地味な服装の女の人が歩いてきた。
顔が判別できるくらいの距離になった時、その女の顔を見た僕は、思わず後ずさった。
女は、口をバックリと開けていた。顎が胸元まで届くかと言うくらい、目いっぱいにだ。
女の視線はまっすぐに前を向き、僕たちには目もくれない。
あまりな異様さにたじろいだが、ジロジロ見るべきではないだろうと、僕はすぐに目を逸らし、やがて女は僕たちとすれ違って通り過ぎた。
「ふう、驚きましたね。高木先輩、見ましたか今の?」
「見た見た。今の女、左手の薬指に指輪してたな」
先輩はそんなところまで見ていたのかと、僕は驚いた。
「こんな夜中に、なんで出歩いてるんですかね」
「さあな。しかし物好きな男もいるもんだな。薬指に指輪してるってことは、贈った男がいるわけだろ。あんな女になあ」
その言い方は、さすがに聞きとがめた。
「先輩、それはないですよ。確かに少し変わってましたけど」
「少し変わってたあ? あんなのお前、まともな人間じゃねえだろ」
それは言いすぎた。
「先輩、それはひどいです。あの人のことなんて何も知らないのに」
「いや、見たらわかるだろ。変だろ」
お世話になっている先輩だけれど、僕は腹が立ってきた。
「お前、何怒ってんだ?」
「先輩がそんな人だと思いませんでした」
高木先輩は怪訝そうにしてから、はたと手を打った。
「ああそうか、お前、口開けてた女のこと言ってんのか」
今度は僕が首をかしげる。
「他に誰がいるんですか?」
「あの女の口の中にもう一人、小さい女が入ってたろ。そいつが薬指に小さい指輪してたんだよ。まあ普通見えねえか。見えすぎるってのも悩ましいもんだよ、ほんと」
なんだそれは。
気づきもしなかった。
思わず振り向くが、もう女は闇の中に消えていた。
「どんな男なんだろうな、明らかに人間じゃないもんと結婚しようってのは。小さい女の方は、目も鼻もなくて、ただの穴だったぜ。世の中、いろんなやつがいるよな」
終
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