Memory of beach.

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 目を開けると、いつもと変わらない天井が見えた。窓の向こう側はほんのりと明るい感じだが、まだ完全に明るくはなっていない。  電車の走る音が聴こえたから、おそらく朝の4時か5時ぐらいだろう。  雑誌やテレビのインタビューで「役者の道を志すきっかけは?」ときかれても「思い出せない」とずっと答えていたが、俺が今東京で芝居をできているのは真理の死がきっかけだった。  家族には猛反対されたけど、真理との最後の約束を守るためにそれを押し切って20年以上前に上京し、本物の役者になるための道を歩き始めた。  だが、いつのまにかその約束すらも忘れていた。都会の慌ただしさについていくのでさえも大変だったのに、ずっとがむしゃらに頑張っていたから心に余裕がなくなってたのだろう。  冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して流し込むと、体に冷たい水分が落ちていくのがわかった。乾いた心にも行き渡っているように思える。  新鮮な空気を吸いたくなった俺は、ミネラルウォーターを持ったままベランダへと向かった。
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