記憶容量の無駄遣い

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「ねぇ、あれ覚えてる?」 「んぁ……」  涎の冷たい感触。反射的に啜ってしまい、慌ててハンカチでマスクの内側を拭う。  教室の窓際、私の席。  顔を上げた先には、前の席の前野(ゆう)。 「……どれ?」  問い返しながら見下ろせば、最後の記憶の中で開いていた地理の教科書は、マスクのお陰で水没を免れていた。  パンデミック様々だ、と、寝惚けた頭は不謹慎なことを考える。 「スリランカの首都」  こいつは寝起きに何を、とは思うけど、聞かれたのなら答えよう。 「スリ・ジャヤワルダナプラ・コッテ」 「じゃあブルネイ・ダルサラームの首都は?」 「……バンダル・スリ・ブガワン」  折角答えたのに、随分あっさりと流される。  前野は失礼な奴だ。昔から。 「ピカソのフルネームは?」 「パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ……デ・パウラ・ホアン・ネポムセーノ・マリア・デ・ロス・レメディオス……クリスピン・クリスピアーノ・デ・ラ……サンティシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソ」  途中つっかえたけど、たぶん言えた。 「寿限無のフルネームは?」 「寿限無寿限無、五劫の擦り切れ、海砂利水魚の水行末、雲来末、風来末……食う寝る所に住む所、ヤブラコージのブラコージ、パイポパイポパイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助くん」  くん、は要らなかった。 「恵比寿駅の両隣は?」 「あー……渋谷と目黒」  だっけ。降りたことないけど。 「マウンテンゴリラの学名は?」 「ゴリラ・ゴリラ……ベリンゲイ?」  だったよね?  ヒガシローランドゴリラがゴリラ・ゴリラ・グラウエリだもんね? 「真!超絶竜巻真空斬のコマンドは?」 「6321463214+P……あ、ごめん。どの?」  '95だけ違うんだっけ。カプエス2も違うな。  で、これ私何聞かれてんの? 心理テスト?  どんな心理テストだよ。何心理だよ。 「ねぇ前野、これ、何?」  ようやく目が覚めてきた私は、軽く睨むようにして問い返した。 「逆に聞くけど、何なら覚えてないの?」  逆に聞かれた。  んん? 逆にか?  さっきまで私、相当聞かれてたよね?  別に逆じゃなくない?  でもまぁ、聞かれたら答える。 「歴代徳川将軍とか、トム・ハンクス主演映画を10個言えとか、あとあれ、2bc分のナントカみたいなやつ」 「すらすら出てくるなぁ」 「覚えてなかった、ってのは覚えてるから」  せめて、トム・ハンクス主演映画くらいは覚えたいところ。  何だっけ。メグ・ライアンのやつ。  『プライベート・ライアン』?
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