残 暑 -The lingering heat-

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残 暑 -The lingering heat-

「あー、もう。ガチで死にてぇよぉ、オレ!」 千秋は、デッカい目をマジでウルウルさせながら、オレの胸元に両手でしがみついてきた。 それだけで、オレの体感温度は3度は上がる。 けど、カシマしい3人の姉ちゃんに囲まれて育ったおかげで身に付いたスキルで、顔は涼しく取りつくろったまま。 「物騒なコト言うんじゃねーよ」 そう言って、コイツのサラサラした髪をクシャッと撫でまわす。 フワッとシャンプーかなんかの残り香が不用意に匂って。不覚にも、また温度が上がる。 千秋は、ヒックヒックとノドをシャクリ上げながら、 「だ、だってさぁー、また浮気されて『バイバイ!』だぜぇー? これで何度目よぉー」 もどかしくドモる、甘ったるい鼻声。……もう、カラダの奥が熱くて、焦げ付きそうだ。 千秋は、カワイイ顔してるからモテる。 だから、しょっちゅうオンナに告られる。 千秋は、ストライクゾーンが広い。 だから、告られれば、モレなくオンナと付き合う。 そして、100パーセントの確率でフラれる。 完璧に、間違いなく。これからも、絶対……。 どうしてかって? それは……、 千秋が付き合うオンナどもには、オレがモレなくこっそりチョッカイ出して、アッという間に食っちまうからだ。 「オレって、オンナ見る目ねーのかなぁ?」 と、千秋は、グズグズ鼻を鳴らす。 オレは、サラリと答えてやる。 「まあ、そりゃ言えてるわな」 「そこは否定してくれるトコっしょー!? もうっ、ヒドいよ、ヨーヘイっっ!!」 千秋は、キュッと下唇をかんで、オレの胸をペタペタと叩きまくる。 ああ、クソッ、やめてくれって。 制服ごしでもゾクゾクする、コイツの手の平の柔らかさ。 体感温度は急上昇、……オレを熱射病にさせる気か? いや。もう、とっくに熱病にウカされて、アタマん中イカレちまってる。 コイツに近付くオンナにはカタッパシから嫉妬して、憎んで、寝取(ねと)ったあげくに、ポイ捨てって。どんだけ鬼畜にナリ下がっちまったんだろな、オレ。 「機嫌なおせよ」 オレは、千秋の目を真っ直ぐ見れなくて。顔を上に向ける。 晴れた空が、今までより高く感じる。……もう、すっかり秋なんだよな。 「もうすぐ誕生日じゃん、オマエ。バイクで海に連れてってやるから、な?」 「マジで?」 まだ、少しスネた声。 「もちろん、マジ……」 言いかけたとき、飛行機が近くを飛んだ。 上空は風が強いんだろうか? 翼が大気を切り裂く音が、いつもよりデカかったから。 オレは、千秋の耳元に顔を寄せて、そっと小声でささやいた。   「マジで。……オマエが、スキだよ」 「え?」 と、千秋は、戸惑ったようにオレを見上げた。 「ゴメン。ヒコーキがうるさくて聞こえなかった。今、なんつった?」 「マジで。オマエ、オトコを見る方の目は確かだな、って言ったんだよ。こんなイケてる親友を持って、幸せだろ?」 自分でも驚くくらいシャーシャーとウソが飛び出す。『親友』のカノジョを寝取る、サイテーのオトコのクセに。 千秋は、わざとらしくブルッと肩を震わせた。 「うわー。ヨーヘイって、寒っ!」 「そうか? オレは、暑くて、どうにかなりそうだ」 「はぁー?」 そのとき、休み時間の終わりを告げるチャイムが校庭に鳴り響いた。 「今日の英語って視聴覚室だよね? 早く教室に戻んなきゃ!」 千秋は、校舎に向かってパタパタと走り出した。 オレは、タメ息をついて、もう一度、高い空を見上げる。 もう、とっくに夏は終わったのに。オレを取り巻く空気は、熱く濃くヨドむばかりで。 息苦しさに、また、タメ息が出た。
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