記憶探し【短編】

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 記憶は大脳皮質に分散記録されている。  記憶とはつまり神経、シナプスの繋がり、脳波の旅路。だから広範囲のシナプスを渡り歩れば歩くほど、それだけ関連する記憶情報が浮かび上がる。息を止めて深く潜り、クラゲの長い足を引っ掛けるようにたくさんのシナプスを光で繋いで釣り上げる。範囲を広げるほど、その分私の脳の負担は増える。はぁはぁする小さな息切れ。  でももう一回。当たりをつけて深く潜る。薄ぼんやりとした微かな光を灯しながら先程と異なるルートで繋いでいく。あれ? ちょっと待って、ここはさっき通った? どっちから来たっけ? よくわからずに急いで外を目指す。  手元の半分ほど減ったコーヒーカップと仁凪の顔、それから論文資料に視線を行ったり来たりと彷徨わせる。 「総当たりじゃダメなの?」 「それは無理。無関連の視覚と聴覚と触覚の記憶を一度に思い出しちゃうよ? ごちゃごちゃに繋がって何が何だかわからなくなるんじゃないのかな」 「そっか、難しいね」  ふふ、仁凪が真剣で可愛い。 「そう、回路が繋がるところをたどらないと。特定のルートじゃないと特定の記憶には繋がらない」 「それならむしろシナプスの繋がり方からサーチすればいいのかな。樹状突起の起点の向き」  見つけた。関連記憶。これは割と最近の記憶。ここを拠点に侑李のシナプスを辿ればきっと構想を見つけられる、かな。けれどもこのあたりは……場所がよくない、どうしよう。本当はもう少し違うところに拠点を構築したい。記憶を探る拠点を。  とりあえずもう一度、大丈夫と思われる範囲で潜る。ぽぅぽぅとした光の線に沿って脳波をつなぐ。うっすら線が見えるようになってしまった。この辺りはもう何度も通って『思い出しやす』くなりすぎている。  あれ? 「仁凪、何かついてる」 「えっ?」 「なんだ? お菓子? ポテチっぽい。ふふ、また食べながら寝たでしょう」 「うう、そういえばそう。ちょっと大詰めだったし。他についてない?」 「んー、大丈夫かな。かわいい」 「もう、からかわないで」  本当に可愛いなぁ。  近づいている。このあたりだ。これは一ヶ月前位の会話。この辺りに探している侑李の記憶がある。何箇所も侑李の大脳皮質を渡り歩いたけれど、このあたりが一番近い。困った。困ったな。
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