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甘い香りが鼻をかすめた。ボールスはその香りにつられるかのように目を覚ました。ぼんやりする頭で周囲を見回す。部屋には物らしい物がなく閑散としていた。
簡素なベッドとソファーだけの部屋。誰かが住んで生活しているという様子は伺えない。それでも誰かがいるということは明らかだ。
部屋に充満している甘い香りもそうだが、ソファーに乱暴に脱ぎ散らかしている黒いコートがあったからだ。しかし、分からないことが一つだけあった。誰かに助けられたのか、連れ戻されたのか。ボールスは警戒しながら、ベッドから身を起こそうとした。
「……ッ」
体を激痛が走った。傭兵に殴られたことは覚えている。その時に出来た打撲の激痛がボールスの体に響いていた。こんな痛むほどの激痛を与えられているのだから逃げられなかったのかもしれない。
それにこの世界で誰が他人を助けると言うのか。そう考えに至るとボールスは痛む体を無理に動かした。
「ーーッ!」
だが、やはり、無茶は無茶であった。身を刺すような痛みがボールスを貫き、体の自由を奪った。そして、そのままベッドから滑り落ちた。
ドシンと言う鈍い音が部屋に響く。
「む……?」
音がして、違う部屋にいた人物が姿を表した。
「起きたのか?」
両手にマグカップを持ち、ボールスに近づいてくる赤い髪の男。ボールスは痛みにではなく、赤い髪の男が自分の前にいることに目を細めた。
「なにか言いたげだな。だが、それはあとだ。取り敢えず、飲めよ」
赤い髪の男はマグカップをボールスに差し出す。部屋に充満していた甘い香りの正体はこれのようだ。ボールスは訝しげにマグカップの中身を見つめた。
それは警戒。食事と称して薬を盛られたことがあった。それ以来、警戒をしている。
「む?怪しいものなど入ってないぞ」
そう言って、赤い髪の男はボールスに渡そうとしたマグカップに口をつける。
「ほら、体力回復には取り敢えず、甘いものだ」
安全であることを証明し、赤い髪の男は再び、マグカップをボールスに差し出した。それを見て、恐る恐るボールスはマグカップに手を伸ばす。中身をもう一度見つめ、赤い髪の男の方を向く。飲むべきなのか迷っていると言うように見受けられた。
「あ、あぁ、なんの飲み物か気になるのか?」
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