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出会い編 身代わりになれと言われても
ここはダンジョンの最下層。いよいよ深層の魔物との戦いが始まる──
本の中に描かれる冒険譚に、ごくりと生唾を飲み干しました。
私の名前は、ミランダ・カリム。ど田舎の令嬢をしていますが、ごめんなさい。紹介をしている暇はないんです。今、とってもいいところだから。
二日前から読み続けている冒険譚が、ちょうどクライマックス直前です。あぁ、緊張します。ドキドキがとまりません。聖騎士さまは、魔物を倒せるのかしら……よし、ページをめくるわよ。
高鳴る胸のまま、指でページを摘まみました。その時です。
「おじょうさまああああ!!」
大声が聞こえて、私の体は跳ねました。ページを摘まんだ手も固まってしまいます。
あの声は……ばあやだわ……せっかく、いいところなのに…。
でも、待って。声は遠いから、来るまで時間がありそうね。それなら、読んでしまいましょう。さぁ、最終戦は──!
ばさっ!
「きゃっ、」
「お嬢様! 見つけましたよ!」
「ば、ばあや……」
一足、遅かったです。見つかりました。
「またテントに籠っていたのですね! お風邪を引くと何度、申し上げたらわかるのですか!」
「それは……」
ばあやの怒りは尤もなので、何も反論できません。
私はすぐ熱を出します。昔から病弱で、外で遊ぶこともままならない子供でした。今でこそ、こうして外には出れますが、すぐ風邪を引いてしまいます。
「くしゅっ……」
「ほら、熱が出ないうちに帰りますよ!」
ばあやに手伝われて、しぶしぶテントをしまいます。はぁ、せっかくいい雰囲気で読んでいたのに……
冒険はできないけれど、テントの中で冒険譚を読んだら、ワクワクするだろうな。
そんな思いつきで始まった私の小さな冒険は、クライマックスを前に終わってしまったのでした。
私は冒険に強い、それは強い憧れがあります。
病弱で、ベッドの上で過ごすことが多かった幼少期は、冒険のお話を読んで、空想旅行をしたものです。
それに、お父様が連れてきてくださった冒険者のおじ様の影響も大きいです。
その方は、屈強な体つきのおじ様で、笑い方がとても豪快でした。
「ぬあっはっはっは! そうかそうか。お嬢ちゃんは、なかなか外に出れないんだな。じゃあ、せめてワクワクするような話を聞かせてやろうか」
「……わくわく?」
「まずはそうだな。火をはく竜の話でもしようか」
「火をはく竜!? そんなものいるの?」
「あぁ、いるさ。世界はな、お嬢ちゃんの知らない不思議で満ちてるんだよ」
冒険者のおじ様の話に、私はすぐ夢中になりました。だって、火をはく竜ですよ! ごー!とか、ぐわー! とか、口から火をはくんですよ! そんな不思議な生き物がいるなんて、信じられません!
屋敷の外のずっと遠くには、不思議が満ちている。ずっと同じように感じていた外の風景が、キラキラ輝いて見えました。
「お嬢ちゃんにいいものをやろう」
おじ様から古びたテントを渡されました。
「お嬢ちゃんが、大きくなったら、このテントをもって色んな場所にいけばいい。だから、しっかり薬を飲んで、体を治すんだよ」
おじ様は、ごつごつした大きな手で私の頭を撫でてくれます。
「わかったわ! 苦いお薬も飲む!」
「はっはっはっはっ! お嬢ちゃんはいい子だな」
おじ様と約束をし、私は苦手だった薬を飲み、ばあやの言いつけを少しは守りながら、体を治していきました。
そして、十七歳の今では、外に出歩けるようまでになったのです。
いつか、このテントを持って、色んな場所を自分の足で歩きたい。
淡い夢はいつまでも、いつまでも、私の中に小さな灯火となって残っていました。
そうそう。いい忘れていましたが、私には、双子の姉がいます。名前はロンダ。
私達は、容姿がそっくりで、違うところといえば、首にあるホクロがあるかないかです。
私にはホクロがありますが、ロンダにはありません。その違いだけで、本当に瓜二つなのです。
ロンダは私と違って、健康な体を持ち、ハツラツとしていて、とても頭の良い子です。
私がベッドで退屈していると、見計らったように、私のもとにやってきて、ちょっとの間だけ入れ替わったりもしていました。ふふっ。懐かしいです。
ロンダは私とは違い、両親にとても期待されていました。田舎娘とバカにされないように、一般常識、料理、お裁縫、礼儀作法、舞踏会のためのダンスまで。厳しくお母様から教えられておりました。
令嬢の家庭教師をしていらっしゃったお母様の指導は、まさに先生でした。わたしもロンダと一緒にマナーは学んでいますが、覚えがとても悪いです。
私はロンダがうらやましかった。
健康な体に、周りの期待。
どちらも私には手のとどかないもの。
外に出られるようになると、一人すねては、テントを持って家出しました。家出といっても、ここら辺は地平線まで見渡せそうなほど豊かな畑があるのみ。唯一、小高い丘があるので、私の家出先はいつもここです。
丘に登って、テントを張って、静かに寝そべる。
小さな小さな私だけの空間。
それが、心を落ち着かせてくれました。
でも、いつも同じ家出先なので、すぐにばあやに連れ戻されてしまい、お母様に叱られています。そして、また熱を出して寝込む私に、くどくど文句をいいながらも、お母様はかいがいしく世話をしてくれました。
そして、お母様がいなくなった頃、そっとロンダがやってきます。私の手をとっては、微笑みながら言うのです。
「ミランダ。ミランダ、大好きよ。私のかわいい妹。大好きよ」
私の嫉妬心をやさしく包む言葉。ロンダへの嫉妬心はくすぶっていましたが、それは小さく小さくなっていったのです。
いつか、いつか。
ロンダは王都に出て行ってしまうでしょう。
奉公人として、町の令嬢に仕えて、よき縁に恵まれて、むこうで暮らすのです。
そうなれる力量がロンダにはあります。
私はたぶん、このまま。
お父様が薬草を作って都市に持っていっていますし、私も自分の体を治すために薬草作りの手伝いをしています。
薬草を作りながら、ゆるりとした時間の中で、生涯を閉じるのでしょうね。
病弱だから、貰い手もありませんし。
寂しいです……ほんとうに、寂しい……です。
はっ、いけませんね。こういう時はテントに籠って、本の続きでも読みましょう。
では、さっそく。
「お嬢様! 奥様がお呼びですよ!」
ばあやの声で、私はまたもクライマックスを逃してしまいました。
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