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翌日、私はヨーゼフと昨日の手紙のことを話していた。いや、話したというよりも、あまりにしつこく聞くから少し教えただけだ。返事に迷ってしまい、まだ彼女へ手紙は出していない。そのことをヨーゼフに伝えると、にやつかれた。
「それは、もう恋だね。恋」
「恋……?」
「間違いないね。恋というか、確実に愛までいっちゃってるね」
愛……?
この私が?
彼女を愛しているのか?
ピンとこないが、心臓だけはやたら早く動いていた。
「彼女とは、まだ一回きりしか会ってないのだぞ」
「ちっちっちっ。回数なんて関係ないね。恋は一瞬で落ちるものだからさ」
落ちるもの……か?
なんとなく彼女への思いに当てはまらない。彼女への思いはたとえるなら、そうだな。
「落ちるものではなく、あたたかなものだ。彼女の一言一言が、私を照らしてくれる。冷たく閉ざされた心をゆっくり溶かしてくれるんだ。彼女は太陽みたいな人だからな」
オレンジ色が好きだと言った彼女。太陽の明るさを思わせる色は、彼女の印象そのままだ。
「はぁ~……恋をすると人はここまで変わるのかねぇ~」
「なにが言いたい」
「いやいや。いいよ、いいよ、アルファ君」
からかうような口ぶりのヨーゼフに苛立ってくる。
「なんだ、はっきり言え」
「じゃあ、言わせてもらうけど、今、君はものすっごーく恥ずかしいことを言ったんだよ」
恥ずかしい?
そうなのか?
「もう、聞いている俺の耳は砂糖菓子をまぶしたようにゲロ甘よ。ほんと、すっごい甘々」
「そうか?」
「そうなの。ぜひ、その言葉は君の婚約者殿に聞かせてあげてほしいね。ささやきボイスで」
「言われたら嬉しいものか?」
「嬉しいと思うよ~。特に君はそんな事をいうような柄に見えないから。ギャップ萌えではげそうだよ」
ハゲの言葉に眉根を寄せる。
「彼女を禿げさせたくはないぞ?」
「うん。君なら、そういうと思ったよ。はげないからね。比喩だから。安心してね」
にっこり笑ったヨーゼフに、なんなんだという気持ちになる。
「まぁ、君はほらあれさ。運命の出会いというものをしたんだよ」
「運命の出会い? お前がいつも言っているやつか」
「あぁ、あれは違うよ。口だけの薄っぺらいもの。でも、君のは違うだろ? アルファ・アールズバーク次期辺境伯爵殿」
「トゲのある言い方だな」
「それは失礼いたしました~」
大げさにお辞儀をするヨーゼフにため息をつく。
しかし、運命の人か。
彼女が私の、運命の人。
その言葉は、妙にしっくりきた。
「ところで、君の愛しの婚約者殿に会うのはいつなんだい?」
「とうぶん先だ。少なくとも桟橋のいざこざに方がつくまでは無理だな」
「あー、例の貴族がごねごねちゃんのやつね。桟橋一つで婚約者殿にも会えないなんて可哀想。貴族も空気読めってんだよなー」
「仕方あるまい。仕事だ」
「仕事ねー。そうやって仕事ばっかしてると、愛想つかされちゃうよ。十六年後とかに」
妙に具体的な数字がややひっかかったが、流すことにした。
「肝に銘じとく」
「じゃあ、会えない間はせいぜい、あつーい愛の言葉を綴るんだね。出だしはもちろん『愛しの君へ』だよ?」
「愛しの君か?」
「うん。そういうベタなはじまりが女の子は、好きなんだよ」
そういうものか?
恥ずかしくはないのだろうか。
だが、彼女が喜ぶなら何でもしてあげたいという気になる。
愛しの君へ、か。
書いてみるか。
私は心に決めて仕事に戻った。
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