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「嫌です! 私は嫁ぎません!!」
お母様の元に向かうと、なにやら強い口調で言い争っているのが聞こえました。
「あなたに拒否する権利はありません。これは、決められたことなのです」
「しかしお母様! 私はこれからお母様のように奉公人として、王都に出るはずだったのですよ? 今まで頑張ってきたのに、いきなり婚約だなんて!」
婚約……?
ロンダの言葉に、わたしは小さく息をのみました。
「あなたの嫁ぎ先は、アールズバーク辺境伯爵のところよ。ご子息のアルファ様は優秀な方。こんな縁談、二度とありませんよ」
「でもお母様! アールズバーク辺境伯爵の領地は森しかないような静かすぎる場所! お忙しくて、領地に帰るのもままならないというじゃありませんか!私はそんな静かすぎる場所で、帰らぬ夫を待つだけの妻になりたくはありません!」
──パシン!
お母様が立ち上がり、ロンダの頬を叩きました。ロンダが頬をおさえて、呆然とします。
「口を慎みなさい。伯爵夫人に失礼です。あなたがつまらないと言う座を、伯爵夫人は立派につとめていらっしゃいます」
「っ……」
「あなたがどう思おうと、これは決まったことです。あなたも覚悟を決めなさい」
うなだれて椅子に座るロンダを見て、お母様は私の方へ向きます。思わず、びくりとしてしまいました。
「三日後に、アルファ様がいらっしゃいます。粗相のないように振る舞いなさい」
「はい……お母様」
そういうと、お母様は出ていってしまいました。
「ロンダ……」
うなだれるロンダに近づいて声をかけます。でも、情けないことに、それ以上、何を言ったらわかりません。
「ミランダ!」
ロンダは泣きながら、私に抱きついてきました。
「嫌よ! 私は嫁ぎたくなんてない! 嫁ぎたくなんてないのよ!」
ロンダの背中をさすりながら、ただただ、黙って抱きしめ続けました。
これから、どうなってしまうのでしょう。
不安で胸が苦しくなりました。
そして、辺境伯爵との顔合わせ当日。
「こんな大事な日に! ロンダが熱を出すなんて!」
朝からお母様が発狂されていました。それもそのはずです。ロンダが高熱を出して、寝込んでいるから。
私はというと、絶好調です。体が軽いです。いつもとは、正反対の立場に、私は不思議な心地でいました。大変な状況ですのに、自分でも呆れるくらい、のほほんとしていました。
「奥様、仕方がありません。ミランダお嬢様をいかせましょう」
「マリア……ですが、それは!」
「奥様、緊急事態です」
ん? 私が行くって?
お母様とばあやが、すごい形相で迫ってきます。
え?
ええ?
ええええ────!?
気づけば私はデイドレスに着替えさせられてしまいました。ぎりぎりとコルセットを締め付けたお母様のお顔、目が笑っていませんでした。怖かったです。薄化粧をしてくれるばあやは、びっくりするぐらい上機嫌でした。
この状況は、まさか。
「ミランダ。あなたがロンダの代わりをつとめない。今日のあなたはロンダ。婚約者様に決して、決して粗相のないように! いいですね」
え? 私がロンダ……?
それはいくらなんでも、無茶なのでは……
冷や汗がとまらない私を置いてきぼりにして、伯爵夫人と婚約者がやってきてしまいました。ああ、本当にどうしましょう。
緊張して体を強ばらせる私を無視して、お母様が朗らかな笑顔で、伯爵夫人に挨拶をします。
「このような田舎にようこそお出でくださいました。本来なら、私たちの方が、伯爵様の元に行かなければなりませんのに」
「まあ、そんなことおっしゃらないで。無理を行って来たのはこちらの方ですわ」
ややふっくらとした小柄の女性。伯爵夫人は、優しそうな雰囲気のお方です。
「こちらが、娘のロンダです」
お母様に呼ばれて、一歩前に出て、ぎこちなくお辞儀をします。スカートを指を摘まんで、左足はひいて、腰を落として……緊張してうまくできた気がしません。
「カリム男爵家の長女、ロンダでございます。初めまし──」
「まぁ! あなたがロンダさんなのね!」
急に伯爵夫人が私の手をとり、ずいっと近づいてきました。
「噂通りのきれいな子! ああ、アルファは果報者だわ。こんなに、きれいな子を妻にできるなんて!」
私が目を瞬かせる間に、夫人はペラペラと捲し立てました。
「アルファはね、無口で、無骨で、面白味にかける子だけど、心根は優しい子だから、仲良くしてやってね。あ、もちろん、私とも仲良くしましょう。私ね、ずっとずっと娘が欲しかったのよ。こんなかわいらしい人が、娘になってくれるなんて本当に嬉しいわ。私のことは母親同然と思って、仲良くして頂戴ね」
早口すぎて、私はうなずくだけで精一杯です。
「あと、アルファはね、仕事だけはしっかりしてくれるわ。仕事だけはね。それに……」
「母上……」
「背が高すぎるから、少し見た目が怖いかもしれないけど、大丈夫よ。意外と繊細なとこがあるの。あとね……」
「母上……」
「ふふふ。照れると下唇を噛む癖があるのよ。仏頂面に見えるかもしれないけど、照れてるだけってことが多いから。それに……」
「母上」
夫人の背後から、ゆらりと大きな影が動きます。
「そこら辺で。ロンダ嬢が驚いてます」
私は思わず、ほぅと息をはいてしまいました。
逞しく大きな体。背も高くて、首が痛くなりそうなほど見上げなければ、お顔が見れません。いつか見た冒険者のおじ様に似た雰囲気を持つ人。
それが、ロンダの婚約者、アルファ様でした。
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