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出会い編 欲しいならば sideアルファ
走り去る彼女の背中を目で追いながら、血の気が引く思いがした。失敗した。彼女を怖がらせた。自分の顔がいかつく、女性を怯えさせるものだということを、すっかり忘れていた。
顔を近づけ、声に熱を込めるべきではなかった。
彼女から見たら、私の態度は命令するみたいに聞こえたはずだ。今日は軍服姿だから、余計に高圧的に見えただろう。
「っ……」
なぜ、近づいたんだ。
彼女とは将来を見据えて、ゆっくりと距離を縮めようと思っていたのに。
彼女だって、〝ゆっくり互いを知りましょう〟と手紙に書いてくれたじゃないか。それを私は……
両手で顔を覆い、後悔のため息を吐いた。
なぜ、婚約式をしようと言った。
なぜ、焦って距離をつめた。
彼女からの贈り物が嬉しくて、感情的になったのは認める。彼女への愛しさが込み上げて、喫茶店に戻るのを惜しんだのも確かだ。
まだ二人でいたい……なんて考えてしまい、彼女の細い腕を掴んで、力ずくで引き寄せた。乱暴なことをしたと思う。
彼女の目を見たら、自分のものに早くしたくて、婚約式の話をしていた。
なんだ、この感情は。
私は何を焦っているんだ。
頭を大きく振り払い、ベンチから立ち上がった。驚かせたことを誤らなければ。
しかし、急いで戻ると、彼女は目も合わせてくれなかった。
上気していた桃色の頬は、真っ白になっていた。それを見て、想像以上に怖がらせたことに、気づいてしまった。冷や水を頭からかぶったみたいに、全身が強ばる。
言葉は凍りついて、喉からでてこなかった。彼女に対して謝罪すら言えず、その日は彼女とあっけなく別れてしまった。
最悪だ。
彼女から届いた手紙により、後悔の念は、さらに深くなった。
──────
アルファ様へ
先日はせっかくお会いできたのに、逃げるように帰ってしまい申し訳ありませんでした。
家族と話し合いますので、婚約式の話は少しお待ちください。
どうか、お体に気をつけてください。
ロンダ・カリムより
──────
いつもより短い文章。彼女の心が私から離れていくのが、ありありと伝わってくる。
家族と相談か。
前にもあったな。優しい断り文句だ。しばらくすれば、彼女の父親から縁談白紙の手紙が届くだろう。そうやって前にも断られた。だから、今度も、きっと……
悪い想像だけがふくらみ、最悪の未来しか描けなくなる。想像するだけで、鋭いものでこじられたように、胸がずきずき痛んだ。
これで、おしまいなのか。
彼女との縁は、これでおわりなのか?
あの笑顔は、もう……見れないのか?
嫌だ、と思うのに、今の自分に何ができるというのだろう。
婚約を解消されても、考え直してほしいと、すがるのか。彼女は嫌がっているのに、無理やりものにするのか。そこまでして、彼女が欲しいのか。
「……そんなことできるか」
はっと、漏らした言葉は自嘲が含まれていた。
私は羽ペンをとり、短い手紙をしたためた。
――――
ロンダへ
この前は驚かせてすまなかった。
返事はいつでもいいから、ゆっくり家族と考えてほしい。
ハンカチをありがとう。
アルファ・アールズバーグより
──────
手紙を書き終えて、香水を炊いて封筒に香りづけした。彼女が好きだといったカーネーションの香りだ。
店で香水を見つけて、気づいたら買っていた。
無意識に香りづけをしていて、はっとする。
未練がましくて自分でも嫌になる。
「はあ……」
胸ポケットにしまいこんだハンカチを取り出して、広げる。彼女が私の幸運を願ってくれた四つ葉のクローバーを見つめた。
「君と一緒にいるのが、私の幸運だよ」
刺繍された葉を指でなぞり、私はしばらくの間、ハンカチを見つめつづけた。
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