61人が本棚に入れています
本棚に追加
その後、彼女の返事はこなくて、虚しい日々が続いた。毎日、詰所の配達係に確認をしているが、一向に手紙がこない。あからさまにため息をついてしまい、近くにいたヨーゼフが声をかけてきた。
「毎日毎日、うっとおしいぐらいため息をついてどうしたの?」
ムッとして、顔をしかめる。
「別に……」
「ちっとも、別にって顔じゃないけど、どうしたの? 話してごらんよ。一人で悩むより、誰かに話す方が気が紛れるよ?」
ヨーゼフの言葉に余計なお世話だと思いつつ、心は限界だった。私は休憩時間に、彼に婚約式を断れるかもしれないと話した。
彼はやれやれと言いたげにため息をついた。
「で? いつまでウジウジしているのさ」
言い方に腹が立って、短く答えた。
「今は、待つしかないだろう」
私に何ができるというのだ。
「そんなの逃げだよ」と、ヨーゼフは切り捨てた。思わず眉根をよせる。
「だいたい、どうして急に婚約式なんて言い出したの? なんかいいムードだったから、勢いで?」
その通りだから、言葉に詰まった。言い出したきっかけは、勢いだった。でも。
私は手を前に組んで、指先を見た。知らずに指先に力がこもっていた。
「……彼女を早く自分のものにしたくなった」
ぴゅーっと、からかいの口笛がなる。ヨーゼフを睨むとニヤニヤされた。
「本気になっちゃったんだ」
「そうだな」
隠すことでもないので、素直に言うと。
「いいね、いいね。君から婚約式を言い出すなんて初めてじゃないの?」
指摘されて、確かにと思った。破談になると思っていたから、婚約式をすることすら、最初は考えていなかった。今までも、婚約式の前に断られていたから、私から言うこともなかった。
「でさ、君の本心は伝えたの?」
「本心か?」
「そうそう。君を好きだから、婚約式をしたいって言ったのか?って聞いているの」
目をしばたたいた。私の顔を見たヨーゼフの目が据わる。
「………伝えてはない」
「……そうだと思ったよ」
ヨーゼフは芝居がかったしぐさで、肩を落とした。
「あーあ、じれったいたらないね。彼女の苦労が分かる気がする……」
「苦労?」
「伝えてないものはしょうがない。それはいい。でもさ、もし、このまま婚約解消なんてなったらどうするの? それでいいの?」
「………」
「婚約解消になったら、ロンダ嬢とはまるっきりの他人だよ? それでいいの?」
「………よくは……ない」
「彼女の微笑みも、優しさも、熱っぽく見つめる瞳も、自分には向けてくれないかもしれないんだよ? それでいいの?」
「よくは……ない」
「誰か他の男が、彼女の愛情を独占して、あの柔らかそうな唇に口づけするんだよ? それで――」
「よくはない」
他の男が彼女と口づけするなど、想像もしたくない。他の男が彼女に触れるなんて、許したくない。触れていいのは私だけ。私だけにしたい。
「ふふん。いいねー、アルファ君。嫉妬に狂った男の目をしているよ」
嫉妬? これが? こんな黒い感情が、彼女を食らい尽くしそうな感情が、嫉妬か?
「彼女と話すことだね。今の気持ちを」
「………」
「手放したくないのなら、本当に欲しいのなら、なりふり構わず奪うまでだよ。アルファ・アールズバーク」
本当に欲しいのなら。
再度、自分に問いかける。
彼女が欲しいか?
答えはすぐにでた。
私は彼女が欲しい。自分のものにしたい。誠心誠意、愛情を注ぎたい。そして、彼女の愛ももらい受けたい。なら、今、すべきことは?
「彼女と話してくる。私の気持ちを言葉で伝えたい」
そう言うと、ヨーゼフは満足そうに笑った。
「フラれたら骨は拾ってあげるから、ぶつかってらっしゃい」
ヨーゼフの言葉に少し笑ってしまった。
心の中にあった霧が晴れたようだ。結果がどうであれ、今は進む。そう思って彼女へ手紙を書き出した。
────
ロンダへ
君と話がしたい。大事な話だ。だから、今度の休みに会いに行く。
君の好きなカーネーションの花束を持って会いに行く。
アルファ・アールズバークより
────
最初のコメントを投稿しよう!