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休みの日、私はカーネーションの花束を手に一人、彼女の家を尋ねた。扉をノックし名を告げると、夫人が出てきた。顔色は悪く、ぎこちない笑みを私にむけていた。
「これはアルファ様ようこそ……」
「いえ。私の方こそご都合も聞かず訪ねてしまい申し訳ありません。ロンダ嬢はいらっしゃいますか?」
「あのロンダは……その……」
歯切れの悪い言葉をする夫人の後ろから、すっと人影が出てくる。ロンダ? 一瞬そう思ったが、勝ち気そうな瞳が、彼女のそれとは違う気がした。
「ようこそ、いらっしゃいました」
「君は、彼女の妹の……」
「ミランダです。覚えていてくれて嬉しいですわ」
丁寧にお辞儀をする彼女を見つめた。
「あいにくお姉さまは体調が優れなくて、お会いになるのは無理そうなのです」
体調が悪いのか。
「それは、すまない時に来た。せめて、一目だけでも会えないだろうか」
「申し訳ありませんが、アルファ様にうつしてはいけないと言われております。お姉さまの気持ち、分かってください」
そう言われると何も言えない。まったく、私はタイミングが悪いな。
「ではこれを」
「まあ、素敵な花束。お姉さまも喜びますわ」
花束を渡し終えて出直そうと考えた。すると、彼女の妹が、にこりと微笑んで言った。
「せっかくですので、少しお話しませんか? お姉さまのことでお話したいことがありますの」
「ロっ――!」
夫人がなにかをいいかけた。それを妹は指を一本口元に立てて、遮った。
「では、アルファ様、参りましょう」
「あぁ……」
ロンダのことで話したいこととは、なんだ?
私は彼女と共に歩きだした。
ゆっくり二人で歩き出す。実によい天気だ。彼女と歩いた時もこんな日、だったな。少し感傷に浸っていると、妹が足をとめる。
「アルファ様。アルファ様は、お姉さまが好きですか?」
思わぬ質問に足を止めた。相変わらず彼女の妹はにこにこと笑っている。真意がよく分からないが、その答えは彼女の身内に隠しておくようなことでもない。
「好きだ」
真剣に言うと、彼女の妹は満足そうに微笑んだ。
「よかったわ。お姉さまも、アルファ様のことが好きです」
その言葉に目を見開く。
彼女が、私を好きだと?
驚きすぎて思考を停止させる私を見つめ、妹は話だした。
「私もお姉さまが大好きなんです。お姉さまには、幸せになってもらいたい。だから、アルファ様に本当のことをお教えしますわ」
さぁと、私たちの間に風がふいた。
「私の本当の名前はロンダ。ロンダ・カリム。あなたの本当の婚約者ですわ」
私は小さく息を飲み干した。
彼女たちと出会ったときに感じた違和感を思い出す。
母上の話では、ロンダはしっかり者で辺境伯爵夫人という仕事をこなしてくれそうだと言われていた。ヨーゼフと彼女の会話を聞いた印象では、目の前の彼女の方が、母上から聞かされていた女性に当てはまった。
しかし、私は彼女が嘘をつくような人と思えなかった。あんな純粋な人が、名前を偽る必要もないだろう。だから、疑念はすぐに消した。
なぜ、彼女たちは入れ替わりなんてした?
私は薄く開いた口を引き結び、目の前の女性を見つめた。
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