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「うん、いいよ」
緊張していった駆け落ちの誘いを彼は、実にあっけなく承諾した。ぽかんとしてしまう。逆に焦ったのは私だ。
え? 私、ちゃんと言ったわよね?
駆け落ちって、言ったよね?
動揺して目眩がしてきた。それなのに、目の前の人は平然とコーヒーを飲んでいる。私は顔をひきつらせた。
「今の仕事もやめて、家族にも会えなくなるのよ?」
「あー、そうだね。でも、大丈夫だよ。俺は気楽な四男だし。俺がいなくなったって、「へぇー」で終わるだろうし」
へぇーって、……どんな家よ。
どんな家族なのよ……!
「仕事はまぁ、アルファ君がいるし、なんとかなるんじゃない?」
なんとかって……。
「駆け落ちを願ったわりには、俺のことを心配するなんて、君はいい子だね」
「いい子って……」
「そんないい子ちゃんが、出会ったばかりの男に駆け落ちしたいなんていうんだから、そうとう追いつめられているんでしょ?」
う。するどい……
黙っているか迷ったけど、私は大きく息を吐くと、理由を話した。自分の夢のこと、ミランダのこと、そして、婚約式のこと。
「なるほどねぇ。はははっ。アルファ君ってばやるなぁ。婚約式だなんて」
「笑い事じゃありません。とにかく、婚約式の前に私が消えれば、ミランダしかいなくなる。元々、二人はうまくいっていたんだもの。お母様だってミランダが婚約者になることを納得せざるをえないわ」
「そんなにうまくいくかなぁ。君の話を聞いている限り、ミランダ嬢は、自分が身代わりだっていう自覚があるようだし。アルファ君を好きだとしても、君がいなくなったら、自分のせいだと思い込んで、アルファ君と婚約をしなくなるかもしれないよ?」
「それは……」
ミランダの性格からして充分、ありえる話だ。でも、他に方法が見つからないのよ。
ぐるぐる考えていると、ヨーゼフ様が実に単純な答えを示してくれた。
「ちゃんと思いを伝えることだね」
思いを伝える?
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