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「やばい……」
「え?」
ヨーゼフ様は片目だけをこちらに向け、上目遣いづかいで私を見つめる。なんだろう。心なしか、彼の頬が赤いような気がする。
「今、すっごく君にキスをしたい。してもいい?」
「は? キス??」
「うん。口づけをさせてくれませんか?」
は?
え?
ええええ!?
口づけですって――!?
「だめ?」
「ダメですよ!!」
甘えるように見つめられて顔が熱くなる。
いやいやいや、いーやあああっ!
なんでそうなるの?! 私、謝っただけよ!
好きともなんとも言ってないわよね? ねぇ!?
はくはく口を動かしていると、彼の顔が近づいた。え? 近い?
「ロンダ……」
低く囁かれた声。初めて呼ばれた名前に、頭が真っ白になる。私は見ていられなくて、目をつぶった。
むにーん。
たっぷり間を開けた後、頬に痛みを感じた。驚いて目を開けると、いたずらっ子のような彼の笑い顔があった。
「ははっ。変な顔ー」
からからと笑われながら、頬が引っ張られている。頬がぐにーんって、引っ張られているわね。ぐにーん……って、なにそれ!
この男~~~~っ!
私の純情をもてあそんだわね!
許すまじ!
「放してください!」
手を振りはらうと、彼は肩をすくめた。その態度がキザったらしく見えて、今度こそひっぱたいてやろうと、手を振り上げるけど、あっさりかわされた。
「ははっ。怒らないー、怒らないー」
「これが怒らずにいられますか!」
「あれ? じゃあ、期待したの?」
「なっ!」
「期待しちゃった? 俺とのく・ち・づ・け」
カッチーン。
今度こそ殴ってやる。
ええ、この拳をもって、殴ってやるわ!
「その固く握りしめられた拳はおさめてね。怖いから」
「怒らせたのは、そっちでしょ!」
「ははっ。その調子、その調子。そうやって元気に怒っていた方が、君らしいよ。しょぼくれた顔よりずっといい」
振り上げた拳は行き場をなくす。ものすごくわかりにくいけど、もしかして、慰めてくれた?
もう冷めてしまったお茶を飲みながら、彼は変わらず笑っていた。
なんだか、腑に落ちないけど、私もお茶を飲む。冷めきったそれは、苦い茶葉の味だけが口に広がった。
「あ、そうだ。色々とうまくいったらさ、一緒に駆け落ちしよーね」
「は?」
「せっかくの君からのお誘いなんだし、忘れないでね」
今度こそ私の怒りは頂点に達した。
「忘れてください!」
そう言って振り上げた手はまた、なんなくかわされてしまうのだった。
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