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出会い編 婚約者が無口すぎます
短い黒い髪に切れ長の瞳。凄まれたら怖そうな顔です。貴族というより、軍人のよう。
でも、あぁ。なんて、なんて。
素敵な見た目なの……!
冒険者のおじ様が言っていた、火をはく竜をも倒しそうだわ! 素敵!
ぽけーっとしていると、伯爵夫人がまたしゃべり始めます。
「まぁ、アルファ、急に近づいたらびっくりするじゃない! ほら、ロンダ様も驚いているわよ!」
「しかし……」
「ああ、驚かせて、ごめんなさいね。こちらが息子のアルファよ」
私は間抜けな顔をひきしめ、慌てて腰を落とします。
「初めまして……カリム男爵家の長女ロンダでございます」
「…………初めまして」
たっぷり数十秒の沈黙後、アルファ様が口を開きました。そして、手で口元をおさえ、ふいと視線を外されます。
その間に私はじぃーっと、アルファ様を見つめました。
この方がロンダの婚約者……
ふぅ。ロンダはいいわね。
こんな素敵な人が、婚約者だなんて。
逞しい体で幅広の豪剣とか振り回してそうだもの。竜殺しの異名とか持っていそう。本当に素敵……
私はすっかりアルファ様に見惚れてしまい、手を前に組んで目を輝かせました。あら、アルファ様の耳がひくひく動いているわ。なぜ、かしら?
「ふふっ。後はお二人に任せましょう。ロンダ様、アルファに、ここら辺を案内してくださいます?」
夫人に声をかけられ、返事をしました。
「あ、はい。よろこんで」
「ふふっ。アルファ、ロンダ様のこと頼みますよ」
「はい……」
私はアルファ様に、にこりと微笑みます。
「ではアルファ様。ご案内いたしますね」
「あぁ……」
私達は屋敷の外へと出ました。
「案内と言っても、ここら辺はご覧の通り、田畑があるだけです。だから、散歩ぐらいしかできませんけど……」
「………」
「でも、私はこの道を歩くのが好きです。このように晴れた日は、特に気持ちよくて……」
「………」
「えっと……アルファ様も散歩は好きですか?」
「あぁ……」
「そうですの。ふふ。好きなものが一緒で、嬉しいです」
「………」
「今日は、風が気持ちいいですね……」
「あぁ……」
「………」
「………」
「……………」
「…………………」
どうしましょう!
会話が続きません!
さっきから、アルファ様は「あぁ……」しか言ってないわ! しかも、「あぁ」と話すまでに時間が、たっぷりかかっています!
無口な方と夫人は言っていたけど、これほどなんて……何か会話を、会話をしなければいけません……!
歩きながら思案していると、ふいにアルファ様が口を開きました。
「君は……」
「え?」
「………」
「………」
えぇ?!
言いかけて止めないでください!
会話のチャンスですのに!
「どうか、しましたか?」
足を止めて、アルファ様に話しかけます。アルファ様は、また視線をそらされてしまいました。
ミランダ、ここは待つ時よ!
私はじぃーっと、アルファ様がしゃべるのを待ちました。どれほど経ったでしょう。アルファ様が眉根を寄せて、呟くように言いました。
「君は……私が怖くないのか?」
「え?」
はらはらしながら待っていると、意外な言葉を言われました。
呆気にとられてしまい、私はまぬけな顔をしていたと思います。
怖い? こんなに素敵な方が?
アルファ様はバツが悪そうに、そっぽを向かれました。私はずいっと、一歩前に出ました。
「怖くありませんわ」
そして、笑顔で言いました。
「アルファ様が怖いだなんて、ちっとも思いません」
今度はアルファ様が驚いた顔をしています。
「アルファ様は素敵な方ですよ」
「…………」
アルファ様はまた口元を手で隠してしまいます。あ、これは……照れているのかしら?
「……私は体が大きいし、その……目つきも悪い。だから……」
私は興奮して胸の前で拳を作りました。
「体が大きいなんて、格好いいじゃないですか!」
「……」
「がっしりとされた体なんて、火をはく竜も倒しそうで……!」
「……火をはく竜?」
はっ、しまった!
つい本音が出てしまいました。いけません。今の私はロンダ。冒険好きのミランダじゃないのよ。私はロンダ。私はロンダ。私はロンダ……
「いえ、お気になさらずに。もう少し、歩きましょうか」
笑って、どうにかごまかしました。そして、私達はまた歩きだしましました。
*
「アルファ様、ここは風が気持ちいい場所ですよ」
お気に入りの丘に登り、両手を伸ばします。くるりと回った時、強い風がふき、髪が乱れました。
「あっ……」
その拍子に、うっかり足元を滑らせました。
私のばかっ! 倒れるわっ……!
思わず私は身を縮めました。しかし、私が感じたのは草の匂いではなく、逞しい体でした。
「大丈夫か?」
私の体はすっぽりとアルファ様に覆われていました。後ろから抱きしめられているような体勢に、顔が火照ります。
「申し訳ありません……」
「いや……いい」
急いでアルファ様から離れますが、まだ体は熱いまま。熱でも出たみたいだわ。私は気まずくて、空を指差しました。
「……あ、アルファ様! 太陽が沈んでいきますよ」
真っ赤に燃え落ちる夕日は、別れの時間を告げていました。
「そろそろ戻りましょうか」
「……そうだな」
名残惜しくて、夕日を見続けてしまう。ちらりとアルファ様の顔をみれば、端正なお顔が夕焼け色に染まっていました。やっぱり素敵だわ。
ロンダが羨ましい。
暗くなり始めた頃、私はアルファに向き直り、「帰りましょうか」と微笑みながら言いました。すると、アルファ様は少し神妙な顔をされて、目を逸らします。
「私は……」
「……?」
「私は、この通り口下手だ。女性を喜ばせるようなことは言えない。それでも……」
逸らされていた視線が戻り、私を見つめます。瞳は不安そうで、迷子の子犬さんのようです。
「それでも、また……会ってくれるか?」
私は満面の笑顔で答えます。
「もちろん! もちろんですわ、アルファ様」
精一杯の思いをのせて言うと、アルファ様がほんの少し、微笑まれました。
「ありがとう……」
アルファ様の微笑に胸がいっぱいになりました。こんな風に笑ってくれるのね。ますます素敵だわ。
「いえ……こちらこそ……」
なんだかアルファ様の顔が見れなくて、今度は私が彼から目をそらしました。
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