幕間 仮面をはぎとりたい side ロンダ

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幕間 仮面をはぎとりたい side ロンダ

「へぇ、じゃあうまくいったんだね」 「そうなの。素敵な婚約式だったわ」  私はヨーゼフ様に事の詳細を話すため、またあのお店に来ていた。 「ヨーゼフ様には感謝しています。ありがとうございました」  頭を下げるとヨーゼフ様が目をきょとんとされる。 「そんなお礼なんていいよ。お礼なら、ここに欲しいな」  ヨーゼフ様は、ちょんちょんと自分の唇を指す。それに私はにっこり笑った。 「いえ、ぜひ、()()()()()を受け取ってくださいね」 「それは残念。じゃあ、次の機会にとっておこうかな。俺、美味しいものは最後に食べる派だから」  ヨーゼフ様はにこにこと笑っている。相変わらず嫌味が通じない人。そんな機会なんてくるわけないじゃない。  唇を指した意味なら分かっている。  く、口づけしてほしいってことでしょ?  前にも言っていたし。どこまで本気かわからないけど。  そう。ヨーゼフ様のこの言動に、私は少しばかり頭を悩ませていた。  いつもにこにこしていているけど、目が完全に笑ってないような気がするし、うさんくさいのだ。好きだ、惚れたなんて言うけど、言葉が薄っぺらい。そこら辺にある紙のよう。  でも、真剣に話を聞いてないわけでもなく、本当に言っちゃいけないことは言わない人。察しもよくて、機転もきく。ベタに甘やかすのではなく、厳しいことも言える人。  頭がいいのか、悪いのか本当によく分からない人。それがヨーゼフ様。 「なになに、人の顔、あっつーい視線で見つめちゃって」 「別に。ヨーゼフ様ってよく分からない人だと思っていただけです」 「え? 俺が? こんなに分かりやすいのに?」 「どこが! ヨーゼフ様とお話していると調子が狂うんです。なんていうか、ヨーゼフ様の手のひらの上で踊らされているような気分になるんです」 「ははっ。ロンダちゃんが俺の手のひらで踊るの? ちっちゃいロンダちゃん、可愛いだろうな~」 「そういうことじゃなくて!」  本当に調子が狂う。私ばっかりがヤキモキして、ヨーゼフ様は余裕たっぷり。この余裕はどこから出るのかしら? やっぱり年の功? アルファ様と仕事仲間だと言ってたから、同じ年齢なのかしら? 「ヨーゼフ様」 「なに?」 「ヨーゼフ様っておいくつなんですか?」 「うーんと、四十三歳」 「は?」 「うそうそ。二十七歳だよ」  え!? 二十七歳!?  私よりも十歳も年上じゃない! 「アルファ様よりも年上なんですか?」 「うん。まぁ、正確に言うと半年ぐらいの差だよ」  なんか一気に謎が解けた。十歳も年上なら、私みたいな小娘なんてひとひねりでしょうよ。っていうか、二十七歳もなって、まだフラフラ小娘相手にしてるの? 大丈夫、この人?  二十七歳といえば、結婚して子供が二、三人いてもおかしくない年齢だ。 「ヨーゼフ様って、結婚しないんですか?」 「え? したいよ。してくれる?」 「そうじゃなくて! だから、こんな小娘とお茶している場合じゃないんですか?って言いたいんです」 「小娘? 誰が?」 「私に決まってるじゃないですか!」  私が叫ぶと、ふっとヨーゼフ様の顔から笑顔が消える。 「ロンダは小娘じゃないよ。もう立派な大人(レディ)だ」  そう言うと、私の髪をすくい上げ、そこに唇を落とす。 「俺が恋に狂うぐらい、大人の女だよ」  熱を帯びた視線に射ぬかれて、頬に熱が集まる。その瞳ははっきりと私を意識した男の瞳だった。 「きゅ、急になにするんですか!?」  視線に耐えきれずに叫ぶと、パッと髪の毛を離される。 「いやぁ、ロンダちゃんが意地悪なこと言うからつい」 「意地悪って…そんなこと言ってません」 「そう? 年齢を理由に俺の言葉を本気にしてないでしょ?」  ヨーゼフ様が笑う。いつもみたいに。 「俺は本気だよ。ロンダちゃんが好きだ」  その言葉は紙のように薄っぺらいのに、なぜか頬の熱は引かなかった。 「ねぇねぇ、ロンダちゃんはどうなの?俺のこと好き?」  自然に聞かれて言葉につまる。ドキドキとさっきから心臓の音がうるさい。 「答えは保留です」 「保留?」 「まだ、よく分からないので」  そうよく分からない。いえ、本当は分かっているのかもしれない。この頬の熱も、高まる心臓の理由も。  ただ、それを認めたくないというか、しゃくに触るだけだ。  この仮面を被ったような人の本心が見たい。だから、今は言えない。 「ふーん。よく分からないってことは、少なくとも男として意識はされてるってことかな?」  うっ……図星をさされた。 「ふふっ。嬉しいな。ロンダちゃんがそんな風に俺を思ってくれるなんて」  笑顔でそう言うヨーゼフ様。その笑顔に驚いた。いつもような、うさんくさい笑顔じゃなくて、本当に嬉しそうに笑っていたから。 「いつ分かるかは、未定ですよ」 「いーよ。俺、気は長い方だから」  にこにことご機嫌なヨーゼフ様に、私はすっかり毒気を抜かれてしまった。  言葉が真剣味がないようで、ある人。  いつかその笑顔の仮面をはぎとってやりたい。  そこにいるあなたはどんな人?  やっぱり、笑っているのだろうか。  それが分かるまでは、もうしばらく、このままで。
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