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三人の言葉に、何かが胸の底からせり上がってくる感覚を、コウキは感じた。画面の下に目を凝らす。あと二分で、一二時になる。
「ありがとな。でも俺、お前らみたいに真っ当な人生送れてない。新卒で入った会社を三ヶ月で辞めてからは、定職についてないし、結婚もしてなければ、当然子供もいない。お前たちみたいに、呑気にポケモンを楽しんでいい身分じゃないんだよ」
「関係ないよ。どんなに現実がままならなくても、少なくともポケモンをしてる間は、生きてるんだから。それだけでいいじゃん」
「そうだよ。今度は私が、コウキに新しくなったところ、教えるから。遠慮せずにどんどん聞きに来てよ。あとでアカウント教えるから」
「そんなこと、なんでもっと早く言ってくれなかったんだよ。俺、今会社で人事の仕事やってるんだ。採用も担当してる。どうやったら面接に受かるか、アドバイスするよ。だから、今は難しいこと考えずに、ポケモン楽しもうぜ。あっ、あと三〇秒切った」
暖かい毛布のような励ましに、コウキの心は高校を卒業して以来、初めて満たされる。机の上に置いてあったスイッチを手に取り、頬を緩めてカウントダウンに加わった。
「5、4、3、2、1、ゼロー!」
四人が一斉にスタートボタンを押し、アレンジされた耳馴染みのあるオープニングが、画面から聞こえてくる。四人は一瞬にして、一五年前に攫われていく。
「ねぇ、皆ダイヤとパールどっち買った?」
「俺、ダイヤ」
「私も」
「俺も」
「えー、じゃあパール買ったの私だけー? ちょっと、そこはちゃんと二二にしようよー」
口を開けて笑う四人。まるで高校生に戻ったようだ。今よりも心配事は少ない、それでも、必死になって悩んでいた一五年前に。
「さぁ、冒険に出発だ」
無意識のうちに口走った言葉に、どっと笑いが起きる。だけれど、コウキは少しも不快には思わない。
「何それー。一五年前でさえ、そんなこと言ってなかったじゃんー」
「う、うっさいな。いいだろ、別に。何か言ってみたくなったんだから」
「ねぇ、それより、皆最初のポケモン何にする? やっぱあの頃と同じ?」
「そうだな、俺は……」
一二時を過ぎても、四人はしばらく通話を繋いで、喋りながらゲームをし続けた。わいわい話す三人を見ながら、コウキは久しぶりに、自分の人生を生きている実感を味わった。
きっとこれからも別々の道を歩いていくのだろう。
だけれど、確かな基準点さえあれば、いつでも戻ってくることができる。顔が見えなくても、お互いの表情に思いを馳せ、ゲームを楽しむことができる。
コントローラーを手放さない限り、いつまでも。共に。
(完)
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