オノマトペ

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オノマトペ

 リビングのソファーで寛ぐ(れん)から離れて座る智穂(ちほ)は、バインダーとペンを持ち、小説のネタ出しをしていた。 「手伝おうか? 兎国院(とこくいん)先生」  スマートフォンを弄りながら、視線だけを智穂に向ける。 「うーん……」 「何を悩んでいるの?」 「『胸がドキドキ』って擬音語は使い古された感じがするから、何か言い換えができないかなーって。『高鳴る』とかでもいいんだけど、擬音語が使いたい気分なんだよね」 「ふーん、恋愛小説ってのは大変なんだな」 「ねぇねぇ! 何か面白い擬音語のアイデアない?」 「そうだなぁ……」  少し蓮が考えこむ。自身が所有する語彙の中から良さそうな擬音語を拾い上げる。 「『ギシギシ』、『くちゅくちゅ』、『ぺろぺろ』」 「何で全部いやらしい音なのよ」  智穂が目を細め、蓮を睨んだ。 「それは兎国院先生がすぐエッチなことに結び付けちゃうからだと思いまーす」  してやったり、と意地悪な笑みを浮かべる。  蓮がスマートフォンに視線を戻すと同時に、智穂はバインダーとペンをテーブルに置いた。 「うおっ!」  突然、ソファーに押し倒され危うくスマートフォンを落としそうになる。  慌てて自分に馬乗りになっている人物……先程まで小説のネタ出しをしていたはずの智穂を見上げる形になった。 「ど、どうした? ……もしかして怒った?」  恐る恐る聞く蓮に対し、薄く開いた瞳で見下ろし続ける智穂はしばらく黙っていた。  一分ほど……蓮にとっては十分にも二十分にも感じられた沈黙の後、口を開いたのは智穂が先だった。 「――オノマトペって……」 「オノマトペ……擬音語のフランス語訳だっけ?」 「元々は古代ギリシアらしいけど。――オノマトペって響き、イヤラシイよね」 「はぁ……」 「オノマトペ、オノマトペ……。オ、ノ、マ、ト、ペ」 「言い方の問題じゃ……。ってかそんなこと言ってると、古代ギリシア人に怒られるぞ」  しかし智穂には響かない。どこでスイッチが入ったのか、息遣いと眼光が完全に捕食者のものとなっていた。  観念して蓮が右腕を差し出すと、躊躇(ためら)うことなく智穂が噛みついた。  悪癖――。気分が高揚すると……厳密にはセックスの際に、相手に噛みつき歯形をつけてしまう癖が智穂にはあった。それをよく知る蓮は、先に噛ませたのだった。  しかし蓮も満更ではなく、噛まれていない方の左手一本で器用に自分のシャツのボタンを外し始める。  噛まれて、という状況なのもあったが、上気した智穂の顔が情緒を刺激し、蓮もまたスイッチが入った状態となっていた。 「ベッド、行こうか」  智穂が口を離すと鮮やかな紅い歯の痕が、蓮の右腕に残されていた。  ソファーから立ち上がると、シャツ、ブラウス……一枚ずつお互いの服を脱がしつつ、器用にベッドルームへと移動していく。  薄暗い廊下に点々と落ちる、二人の抜け殻。  その間蓮は智穂の体のあらゆる場所を舐める。体中舐めるのは蓮の悪癖だった。  二人がベッドに辿り着いた時には、何一つ衣服を纏っていない状態、全裸でベッドに倒れ込む。 「今夜は積極的だね。そんなに仕事でストレス溜まってた? それとも溜まっていたのは別のものかな?」 「蓮がいやらしい擬音語を口にしたからかも?」 「俺のせい?」 「うん、そう。きっとそう」  智穂が体を起こし、再び蓮の上に跨った。  先ほどのソファーの上と違い、今度はお互い裸だ。蓮の腹部に智穂の素肌が密着し、体温を感じ合う。 「だから蓮の身体で、言葉で。私の胸を『キュンキュン』させてみせてよ」 「望むところだ」  蓮が腕を伸ばし、智穂を抱き寄せた。
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