1『首になった信長』

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1『首になった信長』

鳴かぬなら 信長転生記 1『首になった信長』     頭が高い!  一喝しようとした……が、やめた。  様子がおかしい。  目の前の巫女装束の女は片膝を立てて座っている。  巫女は神に仕える身であるから、神や貴人の前では正座をしているものだ。  それが巫女装束のまま片膝を立てて座っている。  子どものころ、平手の爺に見せられた『諸国仏尊図絵』に載っていた神功皇后象のようだ。 「神功皇后は神にしませば、かように悠然としておわします」  神功皇后は、城の女達同様の座り方をしているが、その豊かな有り様は人のそれではない。  しかし、目の前の巫女装束は、神功皇后のような座り方をしているにもかかわらず、町方の娘のように軽い。  それに、巫女装束の頭は、儂の目の高さよりも一尺ばかり高いところにあって、儂を見下ろしている。  この高さで人に見下されるのは、内大臣叙任の折に帝に拝謁して以来だ。  この巫女装束が帝や内親王であるはずもなく、あるはずでなければ、これは……いったい何だ? 「あなたは、死んで首だけになってしまったのよ。いまは、鏡餅みたく三宝の上に首だけが載ってるの」 「なんだと?」  言いながら、思い至った。  本能寺客殿の奥で、儂は腹を切ったのだ。 『介錯!』  最後に蘭丸に命じた言葉が蘇ってきた。  未明に光秀の攻撃が始まり、四半時は持ちこたえたものの多勢に無勢。客殿にまで火が回って、『首は渡すな!』と、それだけ命じた。  斬!  首が落ちる衝撃があって……そのあとは闇……気が付くと、この巫女装束の立膝だ。 「納得したかなあ?」 「何者だ?」 「わたしは、熱田大神です」 「熱田大神?」 「はい、草薙の剣を依り代とする天照大神……的な?」 「その熱田大神が、何の用だ?」 「転生の案内です」 「転生だと?」 「はい、人は生まれかわるのです。特に、信長君のように業半ば、それも天下国家に関わる事業に関わった方は、来世も頑張って頂かなければなりませんから」 「天下取りの続きができると申すのか」 「はい、織田信長の事業は道半ばだからね」 「であるか。ならば、さっさと生き返らせろ」 「あのね、織田信長として生き返るのは、次の次なんです」 「次の次?」 「はい、次は、主に前世でやり残したことや取り残したことをやっていただきます」 「無い」 「ほら、たとえば、それ」 「なんだ?」 「信長君は言葉短すぎ。『であるか』とか『是非に及ばず』とか、今も『無い!』とか『なんだ?』とか、そっけなさすぎ」 「笑止!」 「ほら、また」 「百万言を費やさねばならぬ奴など相手に出来るか!」 「そんなだから、光秀君に謀反されんのよ。そんな信長君は、なんべん生き返ってもダメダメだからね」 「手短に申せ」 「これ見てくれる」 「なにを見ても儂に後悔などないぞ」 「まず、これ」  不思議なことに、目の前に昔の情景が浮かんでくる。 「浄玻璃鏡(じょうはりのかがみ)か?」 「わたしは閻魔君じゃありません!」 「これは……」  それは、安土のセミナリオを訪れ半日讃美歌やチェンバロの響きに耳を傾けていた時の儂だ。 「いい顔してるじゃない」 「心地よいからだ」 「ほら、今のとこなんか、自分でリズムとって、スィングしてるよ」 「なんだ?」 「信長君は、自分でもやってみたかったんだ」 「儂は信長だ」 「天下を取るのが仕事。でも、こういう信長君もいるんだよ。ほかにも……」  次々に過去の自分が現れる。  尾張のうつけと言われたころ、百姓の子供らとやった戦ごっこ、日の暮れるまで踊り狂った田楽や猿楽、茶器に見惚れた瞬間、南蛮の色彩豊かな絵に目を見張った自分……なるほど、忙しい中にもいろいろやっている。 「余技だ」 「たしかに余技よね……これも、見て」  情景が替わった。 「……信勝を殺した時の儂だな」 「さすがは信長君、実の弟を殺しても平気なんだ」 「是非もない」 「フフ、じゃ、これ」 「これは……」 「荒木村重を説得にやった黒田君を裏切ったと邪推して、人質の息子を殺せって言ったのよね……あら、是非もないとは言わないのね」  これには言葉が無い。  猿が気を回して、黒田の倅は生かしておいたのだ。 「戸板に載せられて、半死半生になった黒田君。可哀そうに、脚が固まって、満足に歩くこともできなくなったのよね。日も差さない石牢に閉じ込められて、ほとんど死にかけていた」 『有馬の湯が効くぞ!』 「めずらしく、みっともない織田君だったわね」 「人の一生は五十年だ」 「だから、他の事は余技……だからね、次の転生では余技こそをやってもらうの。そうして、しっかり勉強して、次の次、再び信長として蘇って天下布武を成し遂げる」 「さっさといたせ」 「えらそー、一応神さまなんだけどね、わたしは」 「熱田神宮には、桶狭間以来、十分なことをしてきたぞ」 「だから、こうやって面倒見てあげてるんでしょーが!」 「怒ると、いささか可愛いぞ」 「神さまに、可愛い言うなあ(#'∀'#)!」 「承知」 「ふふ……まあいいわ、じゃ、最後にこれ」 「なんだ……連歌の発句か?」  それは発句にも足りない五文字だ。    鳴かぬなら ○○○○○○○ 時鳥(ほととぎす) 「〇の中に言葉を入れてくれる?」 「判じ物か?」 「連歌の発句が独立して俳句というものになるの、〇を埋めて、自分の心情を示してもらう。ちなみに、ほかの二人のを紹介しておくわ」  甲: 鳴かぬなら 鳴くまで待とう 時鳥  乙: 鳴かぬなら 鳴かしてみしょう 時鳥 「甲が家康……乙は秀吉か」 「さすがは信長君。じゃあ、君は?」 「鳴かぬなら…………殺してしまえ時鳥」 「ダメ!」 「ダメか?」 「これだと、何度やっても本能寺でおしまいよ!」 「であるか」 「いい、教えてあげるから、胸に刻んでちょうだいね!」  熱田大神は鼻の穴を大きくして空中に指を走らせる。  走らせた跡は、墨痕鮮やかな文字となって浮き上がった。  鳴かぬなら 自分で鳴くぞ 時鳥    
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