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「ねぇ、覚えてる? 明日だよ?」
楓音が言った。
すぐに頷いてしまうと、下心があると思われそうで僕はどう反応すべきか悩んだ。
「あ、もしかして覚えてない? うわ、忘れてる?」
大きな目で楓音は僕を睨んだ。僕は首を横に振って否定する。
「忘れるわけないだろ、楓音ん家に行く約束だよね」
「あ、ちゃんと覚えてるんだ? 私の話なんて聞いてないと思ってた」
「なんだよ、それ……」
「だって、佑太って最近、私が話しててもなんか聞いてない感じがするし。もう私のことなんて飽きたんだなって」
「すっげー言われよう」
僕は苦笑いを浮かべつつ、心の中の動揺が悟られないように呼吸を落ち着かせる。
午後の陽射しが差し込む校庭のベンチ、隣に座る奥井楓音とはつきあってからもうすぐ半年。
桜の花びらが舞う中で見たときからずっと気になっていた、そんな楓音のことを飽きるはずなんてない。
明日、楓音の家に行く約束もまた忘れるはずはない。
この一週間、ずっとそのことで僕の胸はいっぱいだった。
楓音は母親と仲がいいらしく、毎日のように僕のことを話しているらしい。そんな中で「一度ウチに連れておいで」ということになったらしい。
もし、あの日より前だったならば、僕も緊張こそすれど喜んで伺わせてもらっていただろう。
でも、いまは心から喜ぶことはできなかった。
台風直撃でもしないだろうか、急に40度の熱でも出ないだろうか、いっそタイムスリップでもしないだろうか。そんなバカみたいな理由を何かしら考えて、『楓音の家に行かない方法』はないのか、それだけでこの一週間ずっと悩まされてきた。
謎の吐き気に襲われて、夜も眠れないぐらいだった。
なぜこんな状態に陥っているのかといえば、僕だけが気づいていることがあるからだ。それは二ヶ月前、楓音にお弁当を作ってもらった日からだった。
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