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「え、いいよ」
「この前、邪魔したお礼。俺の気が変わらないうちに選べよ」
笑って礼を述べると、百合香もまた躊躇なく「ソーダフロート」のボタンを押した。
「邪道だ。そんな水色の食べ物なんて信用ならない」
「夏らしくていいでしょ」
ソファに腰かけて包装紙を剥くと、水色と白色の完璧なうずまきが表れた。円柱形のアイスを一口含むと、甘酸っぱく夏が弾ける。
(楠くんなら何味を選ぶかな?)
白地に赤や黄色の派手な装飾がされた自販機を眺めて何気なく考える。パッションフルーツ、ストロベリーチーズケーキ……は、ないだろう。チョコクランチか抹茶……いや、王道のバニラかも……。
「なに、もう、おかわりする気なの? それとも、やっぱり選択を後悔してるとか?」
長椅子の隣に座った松田が面白そうに問いかける。彼が手にするアイスは直方体で、すでに角がかじられていた。
「ぜんぜん。……楠くんは何味が好きかなって考えてたの」
「なんだ、ノロケか」
「そんなんじゃないってば。……むしろ、自己嫌悪真っ只中。最低最悪の気分よ」
徐々に低くなっていく百合香の声にも、松田はポーカーフェイスで応戦した。ソツなくなんでもこなせる彼にしてみれば、つまらぬ話なのだろう。説明を続ける気力も失い、無心にアイスを頬張った。バニラの素朴な甘味とソーダの尖った酸味とが、急にミスマッチに思えてくる。……たしかに、突飛な組み合わせだ。夏という季節にしか味わえない浮かれた味である。
「自己嫌悪の原因は楠なんだろ? アイツも幸せだな。自分のことで、彼女がこんなに落ちこんでくれるなんてさ」
落ち着いた低音が耳に心地よい。アイスをくわえたまま振り向くと、元同級生は素知らぬ顔で前を向いている。
昔から、こういうヤツだった。
学級委員の仕事(雑用ともいう)も、極力、百合香には負担をかけずにカバーしてくれた。クラスを牽引するという具体性に欠ける厄介な役割も、派手に騒ぐことなく淡々とこなしていた。
放課後、委員会やクラスの雑用で居残りした教室で交わす他愛ない会話が嬉しかった。女子には通じない刑事ドラマの話も、弟が買う少年誌でハマったバスケ漫画の感想も、二人だけの秘密のようで心躍ったものだ。
初恋、だった。
隣人の突き出た喉仏をしげしげと眺めていると、当然ながら不興な顔を返された。「聞いてんのか、コラ」
「しみじみ思い出してたの。まっつんは、見た目はちょっと大人になったけど、昔と変わらないなぁ、って。いまでもクラスの中心的存在で、他を寄せつけない自己を持ってて……こうして、さりげなくアイスを奢ってくれて。すっごく久々に会うのに、まっつんのことはよくわかるの。なのに……」
一呼吸置くと、だいぶ細くなったアイスを口に含んだ。開封後から、舐めるというより、しゃくしゃくと噛んでいた松田の手には、すでにプラスティックだけとなった棒が握られている。
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