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外へ出ると、いつの間にか、太陽はオレンジ色を増して夕方へと時を進めていた。
冷房が効いたホールと、蒸し暑い外との落差にすぐは体が追いつかない。ましてや、脳内は混乱真っ最中だ。
図書館の屋根下から出て眩い陽光を手で遮ると、数秒考えた後に帰路には着かずに、別方向へと歩き出す。市民公園外堀沿いに位置する図書館から、ぐるりとお堀を回り、いつもの通学路へと進んでいく。今日は待ち人のいない東御門をひとりで渡り、夕陽を遮るもののない開けた公園へと足を踏み入れた。
(こんなに成長したんだ……)
内堀沿いに植えられたタチアオイは、気づけば百合香の身長を上回る勢いである。ひょろりと高い茎の上部に密集して咲く花は笑っているようだ。まっすぐに空へと向かう花の姿は潔く、迷いがない。
(あ、そっか……)
まじまじとタチアオイを見上げて、気がついた。
今夏、花の成長を見過ごしていたのは、楠が隣を歩くようになったからだ。内堀落下防止のためなのか、必ず左側を歩く彼の大きな姿に隠れ、タチアオイの姿は視界に入らなかった。左を見上げるようになった癖も、街中で長身の人を目にするとつい目で追うのも、自然と身についてしまっていた。
(私、楠くんの理想に適ってるのかなぁ?)
百合香さん!――弾むような声で名を呼ばれるのにも、もはや慣れた自分がいる。同い年とは思えぬ生真面目な口調も、スマホは苦手だという「らしい」ところも(手が大きいせいか、誤タップが多すぎて嫌になるそうだ)、なんてことない話ばかりだが、彼が決して不快な話はしないことも――……。
同じ字を持つタチアオイに通じる、清廉な人物だ、と。
すぐ先で花開くタチアオイを瞳に焼きつける。純白の花弁は夕陽の下で薄灰色の陰影を纏い、萎むことなどないかのような力強い姿だ。
背後で鳴った軽快な音にパッと振り向いた。
「なに、たそがれてんの? 楠先輩のことでも考えてた?」
カメラを片手に笑いかける弟は、暑さに白い頬を上気させている。友人たちと撮影会に出かけた帰りの彼は、満足した様子だ。屈託のない笑顔は日焼けし、ほんの少しだけ男っぽくなった。
逆光に顔をしかめつつも、笑って口を開く。「そうだよ。別のオトコのことを考えていたはずなのに、自然と楠くんのことを考えてたの」
目を丸くする弟を置き去りに、腕を振って歩き出す。
(思ってただけじゃ意味ない……ね。そうだよね……)
松田と自分は似た者同士だったのかもしれない。
似過ぎていた、のかもしれない。
二人揃って、小学校卒業と同時に初恋にも蓋をしてしまっていたのだ。きちんと存在するはずの未来に希望を託すこともせずに、そっと。
心でうねり続ける感情に、うまく名前をつけることができない。初恋の終焉は、ソーダフロートの甘酸っぱい後味とともに消えていった。
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