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翌日曜日、姉弟はまたしても共に外出していた。
「たまには彼氏と出かけなよ」
「その『彼氏』に会いに行くんでしょ。問題ないわよ」
早口で言い返した百合香を見返した佳良は、なにか言いたげに天を仰いだ。「まあ、たしかに、ね」
二人が歩く道のりは白く乾き、遠くには陽炎が立っていた。佳良は制服だが、百合香は私服である。小花柄のノースリーブブラウスにジーンズという恰好は少々ラフすぎたかと後悔していた。
「私、行ってもいいのかな」
「大丈夫だよ。俺の父兄なんだから。問題なーし」
「制服の方がよかったかな」
「かえって目立つぞ。他にも観客はいるから心配すんなよ。入学希望の中三生が見学に来てたりするしさ」
文化祭用の写真撮影のために出かける弟についてきたのは、ただの暇つぶしではない。
「俺の被写体は決まってるでしょ!!」
写真部唯一の活躍機会ともいえる文化祭にかける佳良の意気ごみは凄まじかった。
弟が被写体(=楠)に迷惑をかけているのではないかという危惧から、姉は自ら撮影の同行を申し出たのである。
二人は、橘学園高校サッカー部の試合観戦に出向くところなのだ。
「今日はね、菊野川との練習試合なんだ。本来は二年のGKが出る予定だったんだけど怪我しててね。楠先輩が急遽、代理を務めてる。……先輩、この前のテストもトップ5入りしてたよ! すごいよね。部活に協力しつつも勉強もできるってさ」
姉の心配をヨソに、佳良は嬉々として情報提供&楠の称賛を続けている。どうか、弟が……私たち姉弟が、優秀な楠くんの邪魔になりませんように……。先週、元気なく塞いでいた楠を思い出し、引き返したい気持ちが強くなった。
なにか、気に障ることでもしたのだろうか?
正面切って、聞いた方がよかった? それとも、そっと見守る……的な? でも、なにが原因かわからずに見守るもなにもないし。ああ、もう、こういうモヤモヤは嫌!!――……橘学園の校舎が近づいてくるにつれ、百合香の悶々は大きく渦巻いていく。
「サプライズって、嬉しいと思うよ」
弟の声に勢いよく顔を向けると、彼は驚いてのけ反った。「なんだよ、その色気のない反応は! もう少し、おしとやかにしろよ……って、意味ないか。楠先輩が惚れたのは、自分を内堀に突き落として泥まみれにさせた猪突猛進の百合香だもんな」
思い出し笑いで腹を抱える弟の頭を小突き、ずんずんと先を歩く。今日、観戦に行くことは楠に伝えていない。佳良が言うように、サプライズなどと格好つけたものではなく、じっとしていられなかっただけだ。
「姉ちゃん」
呼びかけに振り向くと、弟は生真面目な顔で突っ立っていた。真夏の空の下、水堀から臨む城壁に垂れる常緑樹の緑が、より深い影を落とした。
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